の
た
め
の
邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2012年8月31日(金)
<<一人遊び>>
また「あのシリーズ」の瞬間的復活である。ウラジミール・フェルツマンのピアノで、
J.S.バッハの6つのパルチータと2声のインヴェンション。
シフとグールドのCDで同じ曲を持ってたはずだが、このオジサンのイケメンぶりに
つられて、何となく買ってしまった。
本日、午前中は明日のフランス語の宿題を片付ける。これまでに行ったことの ある、お気に入りの場所について説明せよという仏作文。オスナブリュック のことを書いて、最後にパリのことも付け加えた。「若い頃パリを旅した時、 ここの人々は意地悪だと思ったが、最近再びパリを旅行してみて、 それは場合によりけりだし、概してパリの人は親切だと分かった。」 ハノイに出張して食中毒に罹って往生したという話も書こうかと思ったけど、 「気に入った場所」という指定だったおで、やめておいた。
昼前に自宅を出て、百万遍へ。新福菜館で昼食の後、京大数理研図書室 に籠り、夕方頃まで数学。途中から例の、唸ったり独り言を言ったりする、 五月蠅いオジサンが入ってきた。この男は決まって何やかや五月蠅く騒ぐのに、 俺サマだけが静かにしていることはない。
オジサン:「(論文とノートを見比べながら)おかしいなあ、、、」
俺サマ:「(図書館の本を眺めながら)あ、これは別におかしくはないな」
オジサン:「えーと、ここはこうなって、ああなって、、、」
俺サマ:「うーん、なるほど。これはこれこれで、こうなるから、ああなるわけね。
それにしても、面倒臭い話やなあ。何でこういうことになるのよ?」
オジサン:「うーむ。。。」
俺サマ:「うーむ、うーむ、うー、うー、うーっと。
なるほどね。うーっつ。うーっつ。」
オジサン:「。。。。(待てよ、これは、、、)」
俺サマ:「これは待ってても分からんなあ。あーっつ、この証明ちゃんと読まんと
いかんのかー、たまらんなー」
オジサンがひとこと言えば、俺サマはすかさずその2〜3倍喋り、 オジサンが黙っても、まだ油断はならぬとしばらくは喋り続ける。 オジサンがずっと黙っていることが確認できた段階で、こちらもピタリと静かにし、 オジサンがまた何か独り言を言い出せば、こちらもすかさず普通の話声で(!) 独り言を喋り始めるという按配。
このオジサンが馬鹿でなければ、喧嘩を売られていることに気付くはずだが、 数学がよく出来るからといって馬鹿でないとは限らない。これは、 俺サマの一人遊びで終わる運命にある、悲しい営みなのかもしれない。
帰りに数理研猫を表敬訪問してから、京大を発つ。百万遍のレブン書房が 6月一杯で潰れてたことに今日気付いた。ごく普通の街の本屋さんって感じ の店で、俺サマは学生時代も含めて、一度もここで買ったことがない。
JEUGIA三条本店で上記CDを買った後、御池の輸入食料品店で 「本日限り2本以上で1割引きセール!」の掛け声につられ、安いイタリア ワインを2本購入して帰宅。
夜は少しだけ数学。フィリピンの地震で深夜に津波が来そうだと、テレビで
騒いでいた。
2012年8月30日(木)
<<百万遍と三条界隈へ>>
再考の結果、来週の研究集会出張はとりやめ。従って、本日の
大学出勤はなし。午前中は自宅で野暮用と数学。昼過ぎに
百万遍に繰り出し、久々に新福采館で昼食の後、京大数理研へ。
まずはトラちゃんこと、数理研猫に挨拶。しばらく見ないうちに、
少し夏痩せしていたようだが、元々デブなので、ほんの少し
ダイエットしたって程度。
それから数理研図書室に籠って、夕方まで数学。 ロシア語の雑誌Izvestija Math.は、古い論文は Mathematics of the USSR Izvestijaという名前で、英語版があり、 京大数理研図書室にあることが判明した。これで一応今のコピーを 失くしても何とかなる。
夕方少し早目に切り上げて、再びトラちゃんを訪ねてフェースブックに UPするために写真を何枚か撮る。 それから耐震工事のため仮店舗に移った京大ルネ書籍部を偵察。 以前よりかなり床面積が小さくなり、本の品揃えも減った。 しかも土曜日の営業も無くなったようだ。
東一条のコンビニで、この辺ではここでしか売ってない、 80キロカロリー抹茶小豆ダイエット最中アイスを買って、 それを食べながら百万遍のバス停に戻り、そこからバスで 河原町三条へ。
まずはロフトで晴雨兼用傘を捜したけれど、 売ってなかった。そのかわり、ワンタッチで開閉する折り畳み傘 が何種類も売られていた。数年前、京都中の店を捜しまわった けれど、結局手に入らず、吉祥寺のロフトで見つけて買い、 それがエッセンで強風にあおれら骨が折れ、予備のものを オスナブリュックで買って、日本では手に入りにくいもの だからと、まだ大事にしまってある。しかし、京都でも こんなに沢山売られるようになったので、あまり心配する こともなくなったというわけだ。
それからJEUGIYA三条本店を偵察。これといったCDは なかったので、ゼスト御池の輸入食料品店をちょっと 偵察してから山科に帰る。
帰宅後、夜はラクトスポーツプラザ。今日は骨盤矯正ヨガと 40分程度の有酸素運動。
2012年8月29(水)
<<テンコ盛りの飯>>
午前中は自宅で野暮用。昼頃に自宅を出て、まっすぐ大学へ。
久しぶりに生協食堂で昼食。何でも体育会の選手限定の
アスリート食という特別メニューがあるらしく、ごっつい体
した男の子たちが、饂飩の丼にご飯をテンコ盛りにして食べていた。
一体全体いつの間に、こんな体格の良い子たちがこんなに沢山ウチ の大学に入ってきてたのかと、ちょっと信じがたい気分である。 入学時は普通よりちょっとだけ大きめ体格でも、大学入学後に体育会の 厳しいトレーニングでモリモリ筋肉がつき、山のような大男になった のではなかろうか。しかし、だからと言って、それに連動して 胃袋まで大きく強くなって、テンコ盛り飯を食べてもパンクしなく なっているのか。その辺がちょっと不思議。
昼食の後、研究室で少し作業。それから16時から18時前まで、 院生E君と代数幾何学のゼミ。今日もちょっと俺サマ馬鹿治療ができた。 E君は相変わらず、ゆっくりとしたペース。
ゼミの後、すぐに大学を発ち、大丸ラクト山科店で白ワインを1本 買って帰宅。夕食のあと、少し数学。
もうしばらく大学に行く用事は無いはずだったけど、来週の出張 届を出すのを忘れていたので、明日か明後日じゅうに出勤しないといけない。 何か別の用事も一緒にしないと、それだけのために出掛けるのは、 ちと馬鹿馬鹿しい。
2012年8月28(火)
<<外国語と敬意>>
午前中は自宅で野暮用と数学。昼頃に自宅を出て、
今日も懲りずに山科駅の改悪改装蕎麦屋で昼食の後、
大学に出勤。研究室にて色々仕事。今日中に片付くと
思った作業だが、意外や意外、まさかこういうことになっ
ているとは、、、
夕方、とりあえず作業は中断し、先日立ち読みした 「相手が人間だと思うから腹が立つのであって、ネジとでも 思っておけ」という言葉をかみしめながら、大学を発つ。 (ネジだったら、まだいいんだけどな。。。)
帰宅して夜はまた少し数学。久々にベートーヴェンを 聴いて、気を静める。
ロシアの数学雑誌Math. USSR Izvestijaのサイトから 論文をダウンロードしようと思ったら、全文ロシア語。 さすがの俺サマもロシア語は駄目だな。って、英、仏、独語 しか読めないけど。英語版が出ているはずと、それを捜したら、 今度は契約しているサイトからでしかダウンロードできない、と。 それで当面の頼みの綱は、オスナブリュック大学の図書館で コピーしてきたもの。これを亡くしたら、京大数理研図書室かな。
まあ、ドイツ語を覚えてはフランス語を忘れ、フランス語を覚えて はドイツ語を忘れ、みたいなことばかりやっているので、 これ以上新しい外国語を勉強する積りはないけど、仮にもう一つ 勉強とするとしたら、やぱりヨーロッパの言葉だろうなと思う。
数学で重要な文献は全てヨーロッパ語で書かれているし、第一、 その国の人々や文化に敬意が持てなければ、そこの言葉を学ぶモチベーション なんて湧いてこないし。
2012年8月27(月)
<<日傘戻らず>>
午前中は自宅で野暮用。昼頃に自宅を出て、まずは
山科駅前Sbuxで昼食。それからJRで出勤。研究室で少し
数学を考え、14時から16時半頃まで会議。その後、すぐに
大学を発ち、大丸ラクト山科店て白ワインを1本買って帰る。
夕食後はラクトスポーツプラザ。今日は楽しいZUMBAと
筋トレ。
帰宅後、JR西日本お客様センターに電話を掛けて、 先日電車の中に忘れた傘の件で再び問合せ。数年前も電車の中 に日傘を忘れたが、野洲駅で発見されて受け取りに行ったこと がある。思えばあれは奇跡的な出来事だったようだ。 今日の問合せの話を聞いて思ったことは、電車の中に傘を置き 忘れたら、まず戻ってこないと考えた方が良さそうだということ。
寺子屋の先生に「100均で買ったのか?」と聞かれ、 「何を言うか!ロフトで4000円近くもしたんだぞ!」と 息まき、バスの中に忘れたけれど無事に戻ってきて、 骨が壊れたのも修理したりしてと、それなりに愛着が湧いて きてた傘だけに、残念である。
夜もほんの少しだけ数学。
2012年8月26(日)
<<半分だけ本気>>
ホテルを10時にチェックアウトし、近くの珈琲ショップで
珈琲とパンの簡単な朝食。それから、
ちょっとボリュームたっぷり系の昼食を挟んで、あちこち
移動して秘密ミッションを遂行し。17時頃に無事帰宅。帰りの
電車の中で、俺サマが考えている問題について、
ちょっとしたことに気付き、これまで俺サマが如何に馬鹿
であったかが、判明。
いやはや。日頃「俺サマは馬鹿」とかさんざん日誌で書いているけれど、 100%本気というわけでもなく、数学者達の顔色を見てると、俺サマのことを 「こいつ馬鹿だなあ」って思ってそうな感じなので、そんならそういうことに しておいてやってもいいぜ!みたいな感じなのだ。
しかし、時折、 「ああ、奴らが思っている(であろう)ことは本当で、やっぱり俺サマは 馬鹿だ」と納得することもあるわけで、今日のはその類のこと。こういうこと がちょいちょいあるから、半分ぐらいは本気で「俺サマは馬鹿」と書くことになる。
まあ、俺サマが真実馬鹿なことが分かると同時に、数学的には その先のことがちょっと見えたので、自分としてはよしとしたいところ だけど。
帰宅途中、某所のマクドナルドでオレンジジュースのSサイズ を注文したら、Mサイズが出てきた。値段もMサイズ。 まあ、喉が渇いていたので、ちょうど良かったけど、 俺サマの日本語はファーストフード店のバイトの姉さんに は通じないことがちょくちょくある。
夕食後、山科区内を自転車で駆け回り、俺サマの生活必需品である、 炭酸水と黒ゴマペーストの買い出し。
買い出しから帰宅後、すこしだけ数学。
2012年8月25(土)
<<秘密ミッション>>
関西日仏学館夏学期再開。早起きして関西日仏学館へ。10時より12時40分
頃までフランス語の授業。先日の豪雨で宇治川が氾濫し、近辺の住宅街が
床上・床下浸水したのだが、クラスメートの一人にそっちの方からの人が
いて、後片付けなどで色々あって12時28分頃にやってきた。
「いやあ、ずいぶん慌ててやっとここにたどり着きました。電車の中でも
先を急いで走ってましたし」と関西風にボケをかましてくるので。皆で、
電車の中で走ってどうする!?と、突っ込みを入れる。
授業の後、バスと電車を乗り継いで、秘密の会合に参加するために、 某所に移動。ホテルにチェックインして、シャワーを浴びたりして身支度をし、 夕方頃より会合に参加。3次会まで付き合って、12時過ぎにホテルに戻る。 明日は現地で秘密のミッションを遂行してから京都に戻る予定。
ところで、若い時は仕事の人間関係が全て、みたいに 思ってしまうのだが、俺サマぐらいのオッサンになると、数学研究を続けるに しても、どう長く見積もってもあとせいぜい20年ぐらいだろうし、学会や 大学の職業集団を牛耳って一家を成すような政治力がある訳でもないとなると、 とどの詰まり相手にどれだけ業務上の利用価値があるかで決まる仕事の人間関係なんて、 ナンボのものかという気になってくる。
特に俺サマのように、10年毎に専門分野が代わり、そのたびに、 仕事で顔を合わせる人間ががらりと変わるとなると、今の職業上の人間関係 を大事にしようという意欲はかなり減退する。その一方で、専門分野が 変わると、前の専門分野の人間とは仕事上の利害関係が無くなる わけで、かえって友人になりやすかったりもする。
その結果、現在俺サマの友人は学生時代や計算機屋時代に付き合いの あった人が多い。しかしながら、たとえばフェースブックの 「お友達リスト」に可換環論屋時代の友人がひとりぐらい居ても おかしくないのだが、残念ながら誰も居ないのは、俺サマの数学者嫌いと 数学者の馬鹿嫌いの相互作用の結果だと考えられる。
2012年8月24(金)
<<大津京>>
午前中は自宅で野暮用の後、明日のフランス語の宿題に取り組み、半分ほど
片付ける。それから自宅を出る。昼食に入ろうかなと思った山科駅前の外食
チェーン店から、高校生の男の子みたいなのが3人ぐらい出てきた。先輩
らしき男の子が後輩らしき男の子に、「食事が終わったら、ちゃんと店員さんに
『ごちそうさま』って言わなきゃ駄目だよ。言っても無視してくる店員さんも
たまに居るけどね」と言ってて、もう一人の先輩も「そうだよ。そうしなよ」
みたいに同調していた。俺サマとしては、「ふーん」としかコメントの仕様がないな。
その男の子たちの影響ではないのだけど、結局、俺サマは山科駅にある 蕎麦屋で昼食。ここの蕎麦屋は改装して以後毛嫌いして決して近寄らなかった のだが、今日はどうしてもざる蕎麦が食べたい気分だし、大学生協は夏休み 期間は営業してんだかしてないんだかアテにならないので、やむおえず入った。
昼食後、フランス語の宿題の残りを考えながら電車に乗り込む。語学学校の 課題は、多くの場合、俺サマの人生にとっては非現実的なもので、今回の宿題 は「自分の人生を変えるために、今どうしようと思っているかを 友達に伝える手紙を書きなさい」というもの。とてもじゃないが、50過ぎの オッサン向けの課題とは思えんな。人間50を過ぎたら、人生なんて何もしなくても ジェットコースターのように日々どんどん変わって行って、スリル満点 なんだよ。「人生の激しすぎる変化を食い止めるために、今どうしようと思っている か友達に伝える手紙を書きなさい」だったら分かるけど。 まったく困ったもんだなと思っているうちに、次の駅に着いた、、、と、 がぁぁぁーん!乗る電車を間違えてた!
山科駅では琵琶湖の西岸に向かう湖西線と南岸に向かう琵琶湖線 の2つの電車が通り、大学への通勤は琵琶湖線だが、 よほど気をつけていないと乗り間違える。今日のように、他所事を考えて たりすると特に間違えやすい。間違って湖西線に乗ると、大津京(旧:西大津)駅 まで行ってしまい、そこから逆方向の電車で山科に戻ってきて、次の琵琶湖線の 電車に乗るまでに大体30分かかる。つまり、うっかり電車に乗り間違えると 30分ロスするわけである。
それで30分遅れて大学に到着。嗚呼、スリル満点の人生だぜ! 今日は13時半から大学院入試の面接や会議などがあったのだが、それにも遅刻。 会議は延々と続き、17時過ぎにようやく終了。それからすぐに帰宅。
帰宅時のバスに、途中から職場の同僚同士と思われる60代のオジサンと 4〜50代のオバサンが乗り込んできて、俺サマの席の近くでずっと 世間話をしていた。二人ともなかなか話好きのようで、オバサン が色々話の水を向けると、オジサンも喜んでああだこうだと色々応え、ずいぶん 話が弾んでいた。
しかしながら、オジサンは家庭では打って変わって無口で、奥さんと 息子と同居だが、あいづち以外に自宅で家族と話すことはないし、話す気 も無いと、冷え切った家庭生活を語っていた。今は仕事をしているから、 家に帰ってから寝るまでの短い時間をやりすごせばいいが、定年後はどうなる ことやらとか言っていたが、それほど心配している風でもなかった。 このオジサンは、定年後に奥さんから熟年離婚を迫られ、退職金を 多少持ってかれるかも知れないが、その代わりたっぷり自由が手に入るだろうと 予感してるのかも知れないし、してないのかも知れない。まあ、 俺サマとしては、このオジサンのことは別にどうでもいいんだけど。
夜はフランス語の宿題を完了し、それから数学を少し。
2012年8月23(木)
<<街に出る>>
昨夜は読書で夜更かししたため、今朝はすこし寝坊。
自宅で野暮用の後、午後は久しぶりに街に出る。と、
なんと!?しばらく来ない間にゼスト御池が閉鎖されたって?
違いました。今日は設備点検のための臨時休業とか。
いやあ、ほんとに久方ぶり!と丸亀製麺河原町三条店で昼食の後、 上島珈琲寺町通り店に籠って夕方まで数学。帰りはJEUGIA三条店と Angers河原町三条本店を偵察。
帰宅して夕食の後、ラクトスポーツプラザへ。今日は骨盤矯正 ヨガと有酸素運動。
昨日は、その時は苦難の道にはまってしまったように思えても、 後から考えるとそちらの方がむしろ良かったと思えることが多い と書いたが、その時にひねくれた性格が元に戻るかというと、 そうでもないところが、馬鹿の俺サマの小人たる所以である。
イギリスの国際研究集会の参加やドイツの研究所の招聘研究員の 応募で、「馬鹿は来るな!」とけんもほろろに蹴られたことは、 かえってラッキーだったと今では考えているし、例の黙殺大魔王事件も、 それがあったから奮起して勉強する気になって、かえって良かった、という風に 将来的になるかもしれない(まだなっていないけど)。
では、この3つの事件が肯定的に総括される日が来れば、俺サマの 数学者嫌いや「俺サマは馬鹿である、数学者は馬鹿が大嫌いである、、、」 に始まる俺サマ三段論法プラスαが解消されるかというと、たぶんそう はならない。
過去の例を見ても、不幸な事件が後に肯定的に再評価されるに至っても、 その時の傷跡が解消されることはなく、結局「俺サマの過去は幸福に満ち溢れて いた(と再評価されている)けれど、今の俺サマは幾多の艱難を経た小人のように、 みみっちくひねくれている」みたいな感じになっている。
俺サマとしては、「みみっちくひねくれているのも個性だ!」と、とりあえず 今風に主張しておく。
2012年8月22(水)
<<レビュー2つ目片付く>>
午前中は自宅で少し数学。ヨーロッパ数学会から委嘱された
論文レビューの仕事を1つ片付け、一気にWebで送って一件落着。
とはいえ、まだまだ残ってるんだけど。
それから自宅を出て、ラクト山科のイタリア料理店に入って昼食の 後、今日は久しぶりに順調運行のJRとバスで大学に出勤。事務で 郵便物を確認したら、9月末の数学会のプログラムが届いていた。 それから研究室に籠って、夕方頃まで色々仕事。
帰り道に大丸ラクト山科店で白ワインを1本、別のスーパーで 食料品を買って帰宅。夕食のあとは、少し数学。
国際研究集会で何か面白そうなものはないかと、息抜きがてらに ネットで捜しているうちに、そういえば2,3年前に ニュートン研究所の研究集会とマックスプランク研究所の短期滞在 研究員に応募して、どちらも「馬鹿は来るな!」とケンモホロロに 蹴飛ばされたことを思い出した。
まあ、そのことと、例の黙殺大魔王の件と合わせてトリプルパンチ を食らった形になり、それが切欠で、それまで溜まってたもの が爆発し、俺サマはすっかり数学者嫌いになってしまったのだが、 上記2つの研究所に蹴られたこと自体は、今となっては良かったのかな と思っている。ニュートン研究所の研究集会は、後から考えれば 自分の研究にはあまり関係なかったし、マックスプランクの代わりに お世話になったオスナブリュック大学が結構良かったし。
自分がそっちに進みたいと思って結局それがなかわず、 しかし後になって振り返れば、そっちに行かなくて良かったと 思うことは多い。馬鹿の俺サマが今のうのうと数学やってられるのも、 そういう事が20年ぐらいの間に、少なくとも7つか8つぐらい起 こったお陰なんだよね。
2012年8月21日(火)
<<レビュー1つ片付く>>
午前中は自宅で少し数学。ヨーロッパ数学会から委嘱された
論文レビューの仕事を1つ片付ける。あとはWebメールで送るだけ。
それから自宅を出て、ラクト山科のオムライス屋に初めて入って昼食の 後、山科駅前Sbuxで食後のコーヒーで一息入れる。今日もJR 西日本は朝から人身事故とかで滅茶苦茶の運行状況との情報を得ていたので、 電車に乗るのはできるだけ遅らそうか、と。
俺サマが子供の頃、踏切の無理な横断などで(旧)国鉄の列車に はねられると、列車の遅延に関して莫大な損害賠償金を要求 されるというのが専らの噂であった。残された家族にとっては、 賠償金と家族の命の深刻なダブルパンチを食らうわけで、家族に 迷惑を掛けないためにも、自分のせいで鉄道事故に巻き込まれる ことがないよう、十分気をつけようという抑止力になっていたように 思う。少なくと俺サマは、踏切には絶対近寄らない子供であった。
しかし、今はそういう話は聞いたことがない。 事故の処理や乱れたダイヤへの対応と、余計な手間暇が掛るので、 JR側としては賠償請求しようと思えば多少の根拠は あるかも知れないが、列車の大幅な遅れによって損害を受ける乗客 に対して、JRは何ら補償はしないのだから、 賠償請求すべき「莫大な損害」などないはずである。
案外、昔から賠償請求などなかったのかも知れない。 俺サマが小学生時代、二級ほど下の子が踏切事故で亡くなり、 大人たちは、あそこの家は子供を亡くした上に、これから莫大な賠償金 を払っていかなければならないから大変だなという ような話をしていた。しかし、その後、俺サマは、小さな店で細々と 商売をやっているその家をずっと観察していたのだが、賠償金を工面する ために切羽詰まった様子もなく、夜逃げしたとかいうふうでもなく、 40数年後の現在に至るまで、何となく平穏にやっているようである。
俺サマが生まれる前はともかくとして、俺サマが子供の頃には既に、 列車の遅れによる乗客の損害に対して、鉄道会社は補償はしない という免責が確立し、それに伴って鉄道会社は賠償請求をしなくなった のかも知れない。俺サマの子供の頃ですら既に、「昔の国鉄は 列車が1分でも遅れたら駅長の首が飛んだものだが、今は数分ぐらい の遅れなど平気になった」と言われていたから、賠償請求は ずっと昔の「1分でも遅れたら駅長の首が飛んだ」時代のことなのだろう。 勿論、今のJRなら列車が3時間遅れても、たぶん誰の首も飛ばない だろうし。
中途半端に遅れていたため、ちょうど俺サマがホームに着いた直後に やってきた電車に乗って出勤。バスは列車の遅延に合わせてくれるわけでもなく、 南草津のバスロータリーでしばらく待ったが、幸い日差しはそれほど強く なくて助かった。
14時を過ぎたころに大学に着き、研究室で17時半頃まで色々仕事。 途中、3回生の学生が「進路の相談をしたい」とやってきた。何でこの時間帯 に俺サマが居ることを知ってるのかとか、何で進路の相談相手が俺サマなのか とか、不思議といえば不思議であるが、まあ、世の中は不思議に溢れて いるから、別によしとする。
俺サマの学生時代、大学の先生に進路の相談ってしたっけなあ? ああ、思い出した!1回生の頃だったか、自主ゼミのチューター をやってくれた教授の研究室に突然押し掛けて、自分は数学者になりたくて、 今こういう事を勉強しているのだが、先のことを考えると、まず大学に残れない といけない。それで理学部の先生達の生まれ年の干支は 何かとか、何年周期で卒業生が大学に残れるのだろうかとか、彼らの 血液型は何だろうとか、出身県は何処だろうかとか、 保健の先生が煙草は脳を痛めるとか言っ てたけど、煙草を吸ってる先生は居るのだろうかとか、色々調べているのだが、 それ以外に何か大学に残れる秘訣というか、こうするのが良いということが あるだろうか?と質問したな。その先生、びっくりしただろうなあ。 変わったアホ学生がおるもんやな、と。
その時はどういう風に答えてもらったか詳しくは覚えてないけど、 干支や血液型との関係はわからなないけど、 ますは数学をしっかり勉強することが第一だとか、 仕事をする上で健康は大事だから、煙草は吸わないに越したことは ないだろうし、アメリカ人などは特にそういうことを気にする人が多い ような気がする、というようなことを穏やかに話してもらったような気がする。
その後、4回生のゼミの先生にも、ゼミのついでに相談というか、 他の学生の話が切欠で先生の方から自然にアドヴァイスが出てきた、みたいな話 の流れだったと思うけど、そういうような感じのこともあったな。 当時の俺サマは、「数学者になれなければ、人生それでオシマイ」と 本気で考えてた、というか、数学者になれなかった場合の人生設計 は文字通り「あとは野となれ山となれ」以外のことは ほとんど何も考えてないアサハカな学生だったので、 先生の学生時代の同級生が企業でどんな風にやっているかという話をされた時も、 「君は数学者になれるだけの才能がないから、諦めなさい」 と引導を渡されていると受け止めて、「そんなことがあってたまるものか!」 みたいなことばかり考えていたように思う。
まあ、何というか、あの頃の俺サマはすざましくトロイというか、 オロカというか、今思い出しても、我ながら「あれは何だったんだろうな」 と呆れてしまう。だから、俺サマの周りに居る学生さんたちが、 昔の俺サマに比べて、考えていることも受け答えも格段にしっかりしている のには、ちょっと感心してしまうな。
帰宅して夕食の後、午前中に書いた論文レビューをWebメールで提出。 それからほんのちょっとだけ数学。
2012年8月20日(月)
<<怒号>>
午前中は自宅で少し数学。それから出勤態勢に入り、山科区内で昼食の
後、山科駅前Sbuxで食後の珈琲で一息つく。それからJRに乗って
大学へ。一斉休暇が明けて、大学は今日から営業開始。
郵便物を確認しに事務に寄ったら、ヨーロッパ数学会からエアメールが 届いていて、山のように放置したまますっかり忘れていた、 論文レビューの仕事の督促状が入っていた。先日、アメリカ数学会の論文 レビューの仕事も 督促が来てて、それも蹴飛ばしたまま。うーむ、まずいなあ。
それから本日の作業を夕方頃までやって、一息ついて から研究室の書棚からMumford全集を持ち出して大学を発つ。 今なら分かるかなとバスの中でちょっと読んでみたけど、やっぱり 難しいな。これがすらすら読めるようになったら、俺サマも 数学業界で馬鹿扱いされずにやっていけるかも。
途中山科のスーパーで買い物をして帰宅し、夕食の 後、ラクトスポーツプラザへ。今日は楽しいZUMBAと筋トレ。
帰宅途中「日本人はなぜ中国人、韓国人とこれほどまで違うのか」 黄文雄著(徳間書店)を購入。昔、この手の本をいくつか読んで、中国人、 韓国人について、一筋縄では行かない人々という一定のイメージを掴ん だけど、最近色々世間が騒がしいので、また勉強し直してみようか、と。 (「そんな暇があったら、論文レビュー書け!」とヨーロッパの方から 怒号が飛んできそうな。。。)
2012年8月19日(日)
<<シラをきる>>
今日は仕事をしないオフの日にした。午前中は京都新聞の2つのパズル。
時事クロスワードパズルは、オリンピックのメダリストの名前を答えさせる
問が6つか7つもあり、いちいちネットで調べるのも馬鹿馬鹿しい
ので、放り出した。
それから自宅を出て、河原町三条の回転寿司で昼食の後、 Angers河原町三条本店の入り口近くだけをちょっとだけ偵察 してから、すぐにバスに乗り、都市内某所で開かれた ピアノコンサートを聴きに行く。
碌に演目を調べずにふらりと聴きに行った、というか、演目がごく一部の所に しか公開されていなかったのだけど、行ってみてリストが得意なピアニストらしい と分かった。残念ながら俺サマはリストがあまり好きではなかったけど、それ以外 の演目もいくつかあったので、十分楽しめた。
まあ、何というか、京都近辺だと割合あちこちでコンサートをやってるから、 暇な時にふらりと行ってみる娯楽としては、クラシックコンサートはお手頃である。
コンサートの後は、京都駅前のイーオンモールをぶらつき、無印良品で 安い日傘を買い、夕食もそこで済ませ、それから駅の反対側に移動して ビッグカメラに立ち寄り、そろそろ買い替えなければならない幾つかの 電化製品のカタログを貰ってから帰宅。
夜はやっぱり少し数学をやってしまう。
昔、偉い数学者が数学雑誌か何かのインタビューで、自分は歴史 が好きで、休みの日は歴史小説に読みふけったりしているが、 いつの間にか「仕事」していることが多いと答えていた。 当時の俺サマはメーカーの計算機屋をやめて大学に移ったばかりで、 この「仕事」が何を意味しているのかよくわからなかったが、 数学関係者に聞いたところ、「それは数学研究のことだろう」と いう答えが返ってきて、非常に違和感を覚えたものである。 つまり、メーカーの計算機屋の感覚では、(理論)研究のような 金儲けに直結しないことは正規の仕事ではなく、上司に悟られない ように(つまり、「あいつは理論研究みたいな下らない事に興味 を持ってるから、マトモに仕事が出来ないんだ」と思われないように) 自宅でこっそりと趣味のようにやるものという感覚だったので、 それを仕事と呼ぶことに抵抗があったわけである。
ちなみにメーカー時代の俺サマは、昼間っから堂々と理論研究を やってたので、「仕事してない」ということで、査定は最低だったと思う。
と、まあ、俺サマは「違和感」という言葉はこんな風に使う ものだと思っているのだが、最近「違和感」を「それは間違っている」 と同義に使う語法が流行っているようで、非常に違和感を覚えている。 言ってる方は、「それには違和感を感じる(=お前は間違っているから改めよ)」 と言っている積もりだけど、俺サマはあえてそれを無視して、 「そりゃあ、人間誰でも自分以外の人間には何らかの違和感を 感じて当たり前で、私も貴方もみーんな互いに違和感を感じあって 生きているわけですね。で、それが何か?」と答えて、 シラをきることにしている。
あと、実は俺サマは10年ぐらい前から 流行り出した「元気をもらう」という言い方には非常に (俺サマが昔から使っている意味での)違和感を感じている。 他にも最近10年ぐらいに使われ出した「違和感を感じる」言い回し がいくつかあるけど、この手のことをブツブツ言いだすと爺臭くなるので、 あまり人前で言ったことがない。
また、昔から使われている語法だろうけど、 何故か(くどいようだが、俺サマが昔から使っている意味での) 違和感を感じるが故に、自分では絶対使わないものもある。 例えば、「納得する、承知する」という意味での「理解する」 という言葉。俺サマは文字通り「理屈で解する」ことが「理解」 だという限定解釈を採用しており、よく世間で使われる 「理屈としてはわかるが、到底理解できない話だ」 という言い回しは、俺サマにとっては全く何を言っているのか さっぱり意味が分からない(つまり「理解できない」)代物である。 いや、本当は意味は分かってるんだけど、わざと 「理屈が分かるのに理解できないとは、『腹が減ってるけど空腹でない』 というのと同じで、何を言っているのか私には理解不能なんですけど」 と答えてシラをきることにしている。
まあ、こんな調子だから、俺サマは世の中の人々に違和感を 感じて生きてなきゃならないんだな。
2012年8月18日(土)
<<ヤキが回る>>
午前中は自宅で少し数学。昼頃大学に向けて出発。途中、例のラーメン屋で
昼食をと思って、外から店内を覗きこんで、今日は誰がラーメンを作っているか
確認。いつもの塩を入れ過ぎるおっちゃんの顔が見えたので、パスして山科駅
に向かう。
それで結局山科駅のレストラン街で昼食。店先にあった「おすすめセット」 にしようと思って店内に入り、「あの、店先にあった『サービスセット』ください」 と注文。店員さんは、「えーと、それはナントカとナントカをナントカしてある セットのことですね?」と言うので、「ああ、それです。それ」と無事注文を 終える。
それからJRに乗って南草津駅に降りた。バスロータリーで待ってても、 13時21分のバスがなかなか来ない。ふと見るとバス会社の電話番号が掲示 してあるので、とりあえず電話。「もしもし、バス停の看板には、 8月×日から8月16日までは土日ダイヤと書かれてますが、今日は18日なの で、平日ダイヤということですよね」と。平日ダイヤなのに何で13時21分の バスが来ないんだよう(怒)!とクレーマー気取りで突っ込もうと構えていたのだが、 「今日は土曜日ですから土日ダイヤでの運行になります」と。嗚呼、今日は 土曜日だったのか。忘れてた。。。
昼食といいバスといい、今日は何だか調子が悪いな、と思いつつ大学に到着し、 バスを降りた。と、また日傘をどこかに置き忘れたことに気付く。たぶん電車の 中だ。でもまだバスが居るから、一応確認しようと、回送直前のバスを止めて 中を見せてもらう。やはり無いし、やっぱり電車の中だ。
まずはJRのお客様窓口の電話番号を探さなくっちゃ、とパソコンのある 研究室に急いだが、結局携帯電話の中に登録されていた。で、窓口に連絡。 傘の特徴など、根掘り葉掘り聞かれたが、1週間以内に応答が無ければ諦めよ、 と。まあ、傘はよく電車やバスに置き忘れるけれど、今日は朝から3連チャン でボケかましてしまった。昔から 馬鹿だったとは言え、俺サマもつくづくヤキが回ったものよ。
打ちのめされた気分で今日の分の仕事。早目に切り上げて帰ろうとして たら、激しい雷。後で知ったのだが、この時、大学の裏手の田園地帯で 雷に打たれた少年がいたらしい。気の毒に、無事だったのだろうか。
雷は割合早くに収まったので、大学を発つ。大学のバスロータリーには、 いつもの挨拶をしてくる学生は居なかったが、けっこうバスを待つ学生ふうの 人が多かった。南草津駅に着くと、またもJRが大混乱状態。南草津を 10分遅れの電車に乗ったものの、電車は瀬田駅で15分程度、 大津駅で10分程度立ち往生。山科に着くのは大幅に遅れた。
どうも今日は、色々なことが上手くいかない。そういえば、ラクト地下の 絶品スパゲティーの店が突然夜逃げ同然に閉店になって以後、全然スパゲティー を食べていないので、久しぶりにラクト山科のレストラン街のイタリア料理店で 夕食をとって帰宅。
そのイタリア料理店は、10年ぐらい間まではよく行ってたのだが、 店員の女性が俺サマの顔を覚えてくれて、スーパーなどで偶然会っても挨拶 してきたり、店に行ったときも、「また来てくださいましたね」みたいな事 を言うので、嫌になって行かなくなった。
俺サマは店の人に慣れ慣れしくされるのが嫌いである。こっちはおじさん っぽくムスっとした顔して黙って行ってるんだから、「あ、また来てくれたな」 とか思いながらも、さりげなく扱ってもらえれば良いのだ。その女性の店員は この店を辞めたのか、もう数年前から見掛けない。
夕食後、同じフロアの書店で少し立ち読み。某漫画家の人生相談を集めた 新書本を見てたら、「職場の新人の部下が全然使いものにならず、腹が立ってきます」 との相談に、「(部下は)ネジだと思っておけ」、つまり、相手が人間だと思う から腹が立つのであって、ネジだと思ってどこに使えるか考えるようにすれば 良いとか、「義母が『初孫はまだか』と五月蠅いのですが」との相談に「(義母なんて)そのうち死ぬ。ほっておけ」とか、「新婚の妻の料理が不味くてこまっている」 との相談に、「焼いてポン酢でもかければ、何でも美味い」とか、 感動的な回答が目白押しだった。
帰宅後、また少し数学。
2012年8月17日(金)
<<教員採用試験>>
午前中はリュックサックの壊れたファスナーの修理。2時間ほど悪戦苦闘
したけれど、結局駄目だった。この過程で2度失敗をし、ファスナーの
奥深さを学んだ。
それから自宅を出て、先日チェーン店化で味が落ちたと判定した店で 昼食。今日は厨房に居たオヤジが別の人だったので、様子を見てみようか、 と。今度は塩の入れ過ぎもなく、まずまずだった。
13時過ぎに大学に出勤し、17時過ぎまで研究室に籠る。 返す返すも夏休みの大学は静かでいい。帰りに大学のバスロータリー で、いつもの学生が居て挨拶をしてきた。「いつもの」とは、この 夏休み、俺サマが17時半頃に帰ろうとすると、いつも同じバス に乗ってくるから。今日は「先生、いつもこの時間ですね」と言うので、 「ああ、そうだね」と答えておいた。
まあ、俺サマはともかくとして、彼は何で毎日大学に来ているのかと 思ったら、バスの中で友人同士話していることから推察して、どうやら 図書館かどこかに通って教員採用試験の受験勉強をしているようだ。 ふーん、教員採用試験は7月とばかり思っていたが、8月にもあるとは 知らなかった。
俺サマは院試浪人してた学生時代に三重県の高校教員の採用試験を受け たのだが、たまたま一緒に受けてた同じゼミの一級下の女子学生と、 試験の出来映えなどを話しながら帰ってきた。数日後、ゼミの教授がその女子学生に 「ところで、高山君も同じ試験を受けたそうだけど、どうだったのかな?」 と聞いたらしく、彼女が「高山さんは『(試験は)できた』と言って ましたよ」と答えたら、「高山君の『できた、できた』はアテに ならんからな」と笑っていたという。そのことを彼女自身 から聞いた。まあ、そういうことをアッケンカランと本人に言うのだから、 (皮肉ではなく)なかなか良い子だったなと思う。
その教授は、自分の自慢話も含めて、憎たらしいぐらいに正確無比に 本当の事をずけずけ言う、身も蓋もない人で、この時も「相変わらず言いたい 放題言ってくれるなあ」と苦々しく思っていたのだが、結局俺サマは試験に落ち てしまった。女子学生は三重県と別の県の採用試験の両方に合格して、 別の県の先生になったようだ。
まあ、俺サマのさえない学生時代を象徴するような事件だな。いやはや、 今日はこれ以外にももうひとつ嫌な事を思い出してしまって、それを脳裏から 振り払うのに一苦労した。まだらボケみたいに、突然妙なことを思い出して、 翌日にはまた忘れてしまう(はず)。
帰宅して夕食の後、また少し数学。科研費の申請書を書くための準備 をゴソゴソと。まあ、当たるかどうかは神のみぞ知るだけど、自分のやって いることや、これからやろうとしていることを整理して纏めてみるのも悪くないか、と。
2012年8月16日(木)
<<五山送り火>>
今朝は嫌な夢で目を覚ました。俺サマは某大先生の研究の
お手伝いで、gingとかいうソフトのインストールをしなければならない。
そのソフトのことは碌に知らないのだけど、問合せのメールにいい加減
な返事をしたので、大先生、俺サマがそういうことに詳しいと誤解した
らしく、「じゃあ、よろしく!」と。色々あって、俺サマはその
大先生のことを「つくづく嫌な人だなあ」と思って袂を分かったのに、
何でこういう時だけ調子良く利用されなきゃならないの?と。
目を覚ましてから、悪夢の原因を考えてみたところ、どうやら 寝る前に眺めていた本の裏表紙のところで、ふとその大先生の著書の宣伝文句 が目にとまり、それが印象に残ったからだろうという結論に達した。
今日も大丸ラクト山科店で昼食用のパンを買って昼頃に大学に到着。 研究室で昼食の後、珈琲を入れておもむろに仕事開始。17時過ぎに 切り上げて、大学のバスターミナルへ。今日もまた、1台のバスで は乗りきらないぐらいの女子学生の群れ。みなスポーツバッグを持ち、 「あー、疲れたあ!」って感じ。それでもきゃあきゃあ元気 なところをみると、体育会か何かの学生で、今日は練習でもやってたの だろうか。
南草津でJRに乗ると、通勤帰りの人ばかりでなく、五山送り火を見 るために京都方面に出掛けていく雰囲気の人たちも乗っていた。
帰宅して夕食の後、ラクトスポーツプラザへ。流石に今日は人が少なく、 いつもは10数名来ている骨盤矯正ヨガは、今日はたったの5人。 俺サマも例年はネット中継で送り火を見てたりするのだが、 今年はその時間にヨガをやっていたというわけだ。 その後、やはり人がまばらなジムで、いつもの通り有酸素運動を30分ほど。
五山送り火を実際に見なくても、「ああ、今日は送り火だったんだな」 と思うだけで、夏の終わりを感じてしまう。