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な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2012年5月31日(木)
<<幸運な偶然>>
10時半過ぎに大学に出勤。11時から13時頃まで、
大学院生E君と代数幾何学セミナー。今日はネ―ターの正規化定理の
証明。この定理の証明をちゃんと読むのは少なくとも10数年ぶり。
テキストに一か所分かりにくい部分があったので、テキトーに考えて
教科書と違う証明を与えてみた。しかしどうも変な感じがする。一体
どこで間違えたんだろうと色々考えているうちに、簡単に反例が作れ
ることがわかり、やっと正しい証明が何かが分かった。うーむ、俺サマ
は今日もしっかり馬鹿治療をした。
生協食堂で昼食の後、14時40分から16時10分まで、 2回生「代数学序論I」の講義。今日はユークリッドの互除法 を使ってn次単純代数拡大がn次線形空間として書きあらわせることを、 有理数体に整数の三乗根を添加した拡大体の例で示し、次に1の原始 3乗根ζに対し、Q(ζ)=Q(ζ^2)=Q(√ー3)であることの 厳密な証明を示す。最後にQに√ー3と2の三乗根を加えた拡大体を 明後日土曜日の補講で扱うことを予告して終わる。
講義の後、すぐに例の工学部の先生が入ってきて、教卓の周りを 五月蠅くうろつくので、俺サマはいつもにもまして黒板を丁寧に消し、 2人の学生の質問に懇切丁寧に答えて粘ったが、少し作戦を間違えて 16時16〜7分頃にすかさず教卓を奪還されてしまった。次回は 16時17〜8分ぐらいまで粘れるように頑張ろう。
講義の後、研究室に戻ってすこし雑用の後、16時50分頃大学を 発つ。帰宅して夕食の後、ラクトスポーツプラザへ。今日は骨盤矯正ヨガと 有酸素運動。
ところで、ドイツでの研究集会の頭痛の種は遠足以外に2日目の 懇親会(夕食会)がある。数学者は馬鹿との懇親は望まないので、 俺サマが懇親会に参加しても、碌なことにはならないのだ。 だから日本で開かれる研究集会の懇親会には、まず参加しない。
しかし外国の場合、初めて訪れる短期滞在の街で、レストランを探しま わらなくても、地元の人おススメの適当な夕食にありつけるという実用的 利点は無視できない。だから、気は進まないものの、たぶん出席すること になろうか、と。
まあ、2010年度に参加したベルリンやエディンバラの研究集会 の懇親会は、偶然にも予想してたほども悲惨でなかったから、今度も 幸運な偶然に期待するしかない。
2012年5月30日(水)
<<根性無し>>
朝、午後の「C言語とUNIX演習」を受講している唯一の学生から
「就活で休みます」とのメールが届き、早速TAの学生に本日休講の
旨を伝える。
午後1番の授業が無くなって、出勤予定時刻がかなりゆったりしたの で、自宅で野暮用を済ませ、さらに近所のスーパーに買い出しに行ってから 自宅を発ち、山科駅前Sbuxで昼食がてらすこし数学をやって、それから 大学に出勤。
研究室ですこし講義の準備をしてから、14時40分より16時10分 まで2回生「離散数学」の講義。今日は有限巡回群の構造を示し、1の 原始n乗根との類似を指摘しながら、生成元が一般に一意には決まらないことを 証明する。次回は同じことを、ユークリッドの互除法を使って証明する予定。
講義の後で、前回の講義について質問してきた学生がいた。 講義の後でノートを読み返して復習しているらしく、俺サマが説明をサボった 部分をちゃんと指摘して「ここが分かりません」と聞いてきた。うーむ、立派な 学生である。それはまさに次回のユークリッドの互除法による証明のテーマ なので、その時にもう一度説明しなおしますと答えておいた。
講義の後、少し雑用の後すぐに帰宅。夜は少し数学。5年ぐらい前から 折に触れて突っ突き回していた超難解論文が、ようやく理解できたので、 ちょっと自分なりにノートを纏めてみようか、と。これが理解できたからと 言って何がどうなるわけでもないけど、この論文がわかったフリして綱渡り のようなことを続けてたのでは、馬鹿嫌いの数学者につけ入る隙を 与えてしまい、はなはだよろしくない。
代数曲線や代数曲面のリーマン・ロッホの定理の高次元化などで有名な、 ヒルツェブルク大先生が数日前に85歳で亡くなったそうで、 昨日あたりからメールが飛び交っている。馬鹿の俺サマでも、この先生が 偉いことぐらいは分かるし、マックス・プランク数学研究所の 設立者でもあり、その関係で沢山の日本人数学者がお世話になった そうである。
ただ、俺サマはそのマックス・プランク研究所に「お前は馬鹿だから 来るな!」と門前払いを食らっただけに、ちょっと複雑な気分である。 いや、その頃大先生は既に引退されていたから、直接は関係ないんだけどね。
ここで「複雑な気分」とはどういう気分かというと、例えば学生時代の 偉い指導教官が亡くなって、優秀な弟子達が集まって「あの先生は我々に こんなに良くしてくれた」としみじみと生前の思い出を語り合っている のを遠目に見ながら、「でも、先生は馬鹿の俺サマには冷たかったよな」と、 大先生の死に対して、優秀な弟子達とのビミョーな温度差を噛み締める時の それと同じ類のものである。
そういえば、来週のドイツの研究集会の遠足は山登りではなく、 ライン川を下って古いお城の見学だそうだ。まあ、ドイツって ミュンヘンとか南の方に行かないとあまり高い山がないし、 マインツでライン下りというのは順当な線だとは思うけど。 この話をWebで知った俺サマは、思わずPCに向かって 「お前ら数学者だろ!?ちゃんと山に登らんかい!この根性無しが」 と叫んでいた。
ま、俺サマとしては、古いお城もいいけど、数学者抜きで マインツの街をゆっくり散策してみたいから、やっぱり遠足はパス するだろうな。
2012年5月29日(火)
<<出来過ぎた話>>
午前中は自宅で数学。雲ゆきが怪しくなり、雷と雨。それが収まって
晴れてきた頃に自宅を出て、まずは新福菜館百万遍店にて昼食。それから
京大数理研に籠って夕方まで数学。夕方頃また雲ゆきが怪しくなり、雷と雨。
猫は今日も寝てばかりいて、遊んでもらえず。俺サマが帰る時には、 毛布を被って寝ていた。ちょうど数理研の若い人が居て、猫は夜行性だから 夜の方が愛想が良いこと、さらに、誰それという、よくこの猫の世話をしに 来る人にはことさら愛想が良いのだと教えてくれた。
うーむ。夜行性はよしとして、愛想を振りまく相手を選んでいるというのは、 聞き捨てならぬな。それではまるで、相手が馬鹿か馬鹿でないかで態度が変わる 数学者と同じではないか。さすが数学研究所に巣食う猫だけのことはあるな。こら、 トラ(数理研猫の本名)よ、お前も俺サマのことを馬鹿だと思ってるのか?って、、、ちょっと話が違うような気がしてきたな。。。
ま、猫は単に気まぐれなだけなんでしょう!と気を取り直し、 道草なしで帰宅後、夕食。夜はまたほんの少しだけ数学。
昨日の日誌で、数学者が山好きな理由は不明だとしたが、一応の仮説はある。 自分の足で一歩一歩苦しみながら登り、頂上にたどりついた時には、 世界が見通し良く一望できる。ああ、地上に居た時には分からなかったけれど、 世界はこんな風になっていたのか、と。
そういうことが数学研究に似ているし、数学者たちが集まって議論する 1週間の研究集会の中の半日を潰して、皆で山に登ることには象徴的な意味 があるとも考えられる。また、彼らは、それによって「我々は高みに登ることなく平地 で蠢いている馬鹿どもとは一線を画すのだ」との決意を新たにするのかも 知れない。そして馬鹿の俺サマは、「どうせ馬鹿扱いされるだけだし」 とひねくれて遠足には参加せず、平地で蠢いているというわけだ。
しかしこれは、「人生は麻雀の縮図だから、より良く生きたいとの願いや決意 を込めて麻雀に励む」みたいで、あまりにも話がうまく出来過ぎている。 人間はもっと複雑なものだから、数学者の山好きはこんな単純な話では ないのではなかろうか。しかしその一方で、面白くも何ともない冗談でゲラゲラ 笑う数学者達を思い浮かべると、彼らは俺サマが思っているよりもうんと単純な 人種で、山好きの理由も上記の通りかも知れないという気もしてくる。
2012年5月28日(月)
<<山は好き、馬鹿は嫌い>>
午前中は自宅で少し数学。それから近所の信金でドイツ出張の
ためのユーロを買ってから街に出る。
この支店はあまり外貨を扱ったことが無いのか、500 ユーロのパック1つしか在庫がないらしく、その1つを売るの にずいぶん手間取って時間もかかった。四条河原町あたりの 大銀行だと処理は早いが、そこまで行く手間暇を考えると、 近所の信金の方がいいか、と。
丸亀製麺河原町三条店で昼食の後、寺町通りの上島珈琲に籠り、 しばし数学。例の数学オバサンも近くに居た。しばらく居眠りして いたが、そのうち目を覚まして、レポート用紙に書かれた数式を いじり回していた。俺サマや数学オバサンのように1〜2時間 居座る客も居るが、概してこの店は客の回転も早く、ふと気がつくと 向うの方から甲高いオバサンの笑い声がしていた。
これも前にこの日誌で書いたような気がするが、若い女は、 ああいう裏返ったような甲高い笑い声でオホホホホーっとは笑わない。 声は歳を取ってもあまり変わらない傾向があるが、何故女は歳をとると ああいう笑い声が出せるようになるのか、ちょっと興味深い。
16時過ぎに店を出て、JEUGIA三条本店を偵察して から山科に戻り、ラクト山科の文具店でスケッチブック、水彩絵の具、 パレット、デッサン用の鉛筆を購入。ドイツの研究集会の終わりの方に、 午後一杯遠足の日があるが、それをパスして教会や街の絵でも描こうか、と。
数学の研究集会で、社交行事として組み込まれる「遠足」とは、 山登りと相場が決っている。一般に数学者は馬鹿は大嫌いだけど 山は大好きである。馬鹿を憎む数学者たちの心の闇については、 最近かなり解明が進んできたが、山好きが何故なのかについては、あまり良く わかっていない。
また、日本の数学者の場合は山好きよりも酒好きが多く、「○○ (日本人数学者の名前)だと?あいつは只のアル中じゃん!」みたいな 陰口を聞いたことがある。確かに、どう見てもあれはアル中だなと 思われる数学者も、居ることは居る。しかしまあ、アル中数学者は 日本特有のガラパゴス現象だと思われる。
俺サマは、数学者のグローバルスタンダードである山好きに合 わせようと、スポーツクラブで何年間も山登りマシンを使って階段登り の練習を欠かさずやってきて、2年ほど前にハノイの研究集会に 行った時におおいに役立った。しかしそれによって何が得られるかという と、「ああ、数学者は山が好きで馬鹿が嫌いなんだな」という、よく知られた 事実が再認識されるだけで、別に面白くも何ともない。それで 最近はそういう社交行事はパスすることにしている。
帰宅して夕食の後は、ラクトスポーツプラザ。今日は 楽しいZUMBAと筋トレ。
2012年5月27日(日)
<<京都駅偵察>>
午前中は自宅で野暮用と京都新聞日曜版の2つのパズルなど。
先週は7つの間違い探しクイズで梃子摺って、俺サマもヤキが回った
かと愕然としたが、今日は快調に解けた。その後、夕方まで自宅にて数学。
気温はぐんぐん上がり、今日の京都の最高気温は30度に達した模様。
夕方、しばし野暮用の後、京都駅近辺に偵察飛行に繰り出す。 来週の日曜の朝の関空発なので、前日の土曜の晩は関空近くのホテルに 泊まる予定なのだが、生憎土曜日は補講日で14時40分から 16時10分まで講義がある。それを済ませてから 京都駅に直行して特急はるかで関空に向かうので、 あらかじめ重いスーツケースは京都駅に預けておこうかと。 それで荷物預かり所やコインロッカーの配置を調査したわけである。
前にもこの日誌に書いたが、京都駅のトイレの設計思想は最悪だと思う。 床も壁も黒で統一して薄暗く必要以上に不潔な感じがするし、 吹き抜けの大開口と対照的に異様に狭苦しい作りになっているので、 トイレに行くたびに憂鬱な気分になる。
俺サマは長い間、この駅ビルを設計したのが黒川紀章だと思ってて、 あの「建築界の鬼才」との誉れ高いカッコいい二枚目が、こんな碌でもな いことを考えたのかと思っていたが、設計者は実は別の人だった。
カッコいい二枚目というのは、女優若尾文子と結婚した頃の印象 だが、数年前に国会議員の選挙に立候補した時はずいぶんイメージが 変わってて、ちょっとびっくりした。しかも元気そうに見えたのに、 急死してしまったので、さらにびっくりした。その頃には京都駅の 設計者でないことを知ってたし、「惜しい人を亡くしたな」と思った。
京都駅の調査を終えてから、久しぶりに京阪ホテルのレストラン・ ピエモンテに行ってみたら、セルフサービスのドリンクバーになっていた。 まあ、そうなることは以前から知ってはいたけど。 それで、1時間ほど滞在して数学。
ピエモンテでは、たぶん京大の化学系の院生か先生 かと思うが、若い男が、久しぶりに上洛したらしい両親と会って、 自分の研究活動の近況を話している様子だった。この男は 「自分の研究が世の中の役に立つと信じてやっている」 というようなことを言っていた。 工学系の人は皆、判で押したようにこういう事を言う。
そういえば俺サマは、世の中の役に立つ研究をしたいと思った ことは、あまりないな。しかし計算機科学屋の頃は、OSの開発 部隊でプログラマとして苦労した経験から、ソフトウエアの 開発方法にはもっと理論的に改善する余地があると考えて研究していた 時期があった。それこそ「世の中の役に立つ」ことをやろうと色々考え ていたのである。
しかし、多くのプログラマにとって、俺サマが苦労と思っていた ことはむしろ悦びであり、彼らは自分達の悦びを奪おうとするあらゆ る企てには断固として抵抗することを知り、アホらしくなってやめた。 そのことだけが切欠というわけではないが、今は「世の中のため」と 言ったって、世の中と俺サマとはモノの考え方が根本的に違ってたり するから、世の中に対する余計なお世話はしない方が賢明だと考えている。
ただ、俺サマの場合、数学を研究していないと大学の授業がやりに くくてしょうがないという経験則があり、大学で教える以上、 例え数学者たちに馬鹿だと思われてようが、 数学研究をすることが大事だと考えてる。自分が研究していることを 学生に教えることは稀だが、研究の姿勢や数学に対する身のこなしのよ うなものは、直接授業に転用されている。
ピエモンテを出て、アバンティーの サンリオショップで新しいキティー・グッズをチェックしてから、 京都駅前のおばんさいの店で夕食を済ませてから帰宅。
夜はスーツケースに衣類などを仮詰めしてみる。その後、 またしばし数学。
2012年5月26日(土)
<<へらへらする>>
語学の土曜日である。10時前に関西日仏学館へ。10時から
12時半過ぎまでフランス語の授業を受ける。今度の先生は、
ユーモアに富んだ緻密な授業をする人だし、クラスの雰囲気も
まあまあ悪くない。何とか機嫌良くこの学期を乗り切れそう。
昼食は新福菜館百万遍店。その後、京大ルネで書籍でも 冷やかそうかと思ったが、棚卸のため休業。それで2階の食堂部 で珈琲を飲みながら、フランス語の宿題や復習を片付ける。
15時過ぎに関西日仏学館の図書室に移動し、ドイツ語の予習。 途中睡魔に襲われ、半時間弱気を失っていたようだ。
16時過ぎ、ローソン百万遍店にて80キロカロリー・アイス チョコモナカを買い、店先で食べる。夏みたい、とまでは言わないまでも、 今日は結構気温は高い。それからまた関西日仏学館に戻って、ロビーで時間調整 してから、ドイツ語寺子屋塾へ。
16時40分から18時10分過ぎまで、寺子屋にてドイツ語の 授業を受け、帰りは徒歩で河原町三条界隈へ。JEUGIA 三条本店を偵察したが、フランス室内楽を中心としたオーボエのCD, J.S.バッハのフランス組曲のシフとはずいぶん違う解釈のCD がちょっと目を引いたが、近くチェンバロの2枚組CDを買う予定なので、 とりあえずパスして店を出る。
帰り道に新しい輸入食料品店が出来ていたので、ちょっと覗いてみたら、 店員さんが寄ってきて、色々勧誘してきた。で、ちょうど赤ワインを切らし そうになっていたので、おススメは何かと聞いたら、ちょうど手頃な値段の ものを勧めてくるので、この店のおススメがどこまで信用できるのか、 試しに買って帰る。
俺サマは語学は結構好きな方だが、一日仕事みたいな感じでやっていると、 流石に疲れ果てる。数学だと、こうは疲れない。来週は出張で休めるから、 やれやれといった感じ。でも行き先がドイツだから、ドイツ語と英語漬けの 一週間になるな。
ところで、数学科の大学院は20年ぐらい前までは少数精鋭主義で、 研究者候補生しか入学できず、俺サマなどは当然の如く弾き飛ばされた。 しかし今は、全国的に数学科の大学院は定員が大幅に増え、ずいぶん入り やすくなった。そうなると大学院を担当する数学者たちは、俺サマ級の馬鹿の 相手をしなければならず、馬鹿が大嫌いな数学者としては、それはそれは 苦痛なのではなかろうかと心中察するに余りある。
馬鹿嫌いということは、すなわち自分の想定しているレベルを相手に 求め過ぎるということ。俺サマなどは、そんなにカリカリしなくても、 世の中色々な人が居るんだし、へらへらと適当に相手のレベルに合わせて りゃあ、いいじゃんと思うのだが。
馬鹿嫌いの数学者が、「数学者になれそうにない馬鹿」 を蹴散らかすような形で、卒業生を社会に放りだし続けてきた結果、 数学科に対して風当たりが強くなって、各大学で数学科が潰されそうに なっていた10年ぐらい前、世の中の誰も数学科の味方をしてくれな いという事態に陥った。
いや、まだ数学科以外の卒業生の間に好意的な意見もちらほらあった けれど、数学者にならなかった(なれなかった)数学科卒業生は、 概して数学科に対しては冷たかったような気がする。
数学者は馬鹿を憎むことにとらわれて、社会の色々な階層に 数学のシンパを送り出して、自分達の立場を有利に固めようという、 戦略的思考が欠けていたのだと思う。
まあ、俺サマは、というと、そういう10年ほど前の数学科の ドタバタに便乗して、ウマウマと数学科に潜り込んだってわけだから、 数学者の馬鹿嫌いには感謝しなければならない面もなきにしもあらず だけどね。
2012年5月25日(金)
<<瞬殺アウト>>
昼前に出勤し、大学にあるSubwayのサンドイッチを買って
研究室に籠り、早目の昼食をすませて12時20分からの学生面接に
備える。今日も「単位僅少者面接」の予定。来週末に出発する
ドイツでの研究集会の参加者リストを調べ、参加者の「素行調査」
をしているうちに、ふと気付いたら13時前になっていた。
半分ぐらい予想していたように、呼び出されていた学生は 面接をすっぽかした。前にも書いたように、これは想定の範囲内。 つまり、学生が来れば勿論対応する、というか、そのために色々 準備していたわけだ。しかし例え来なくても、大学として は当該学生の学習・生活相談に乗るべく、きちんと対応したと いうアリバイを残せる。もし大学側と学生側との 間で揉めた場合、学生側が面接をすっぽかして権利放棄したのだから、 大学側には非はないと主張できるわけである。
単位僅少者面接を担当する教員の多くが、相当数の学生が面接を すっぽかすのに、何故こんな無意味な事を続けるのか?と長年抗議 し続けている。しかし大学側はそれには一切取り合わない。それは 前にも書いたように、一定の学生にはそれなりに効果があると思われる ことと、おそらくそれ以上に、アリバイ作りということを考えてのこと だと思う。俺サマとしては、それはそれで別にけしからんことだと 否定するつもりはない。
ところで「素行調査」は何をするかというと、ネットで検索しまくって 数十名にのぼる参加者の専門内容や研究業績、研究歴等を調べ、俺サマが 興味を持っていることに近い人かどうかとか、仮に今度サバティカルが取れた 時に、居候させてもらえそうな人かどうかを調査するのである。それによって、今度の 研究集会の全体的な傾向や背景を掴もうという意味合いもある。
俺サマは以前から、数学者達が国際研究集会を組織したがる動機が良く分 からない。何故なら、俺サマ自身はそういうことをやってみたいとは、 思わないからである。俺サマみたいな人嫌いの面倒臭がり には、酔狂としか思えないし。
しかしいくつかの研究集会に潜入して調査した結果、次のことが分かっ てきた。つまり、ある種の数学者は気の合う仲間うちで群れたがり、どこか から研究費を取ってきては、仲間を招待講演者として呼んで研究集会を開き、 最近の研究成果を報告し合う。目的は仲間を呼ぶことだから、計算機科学な どのように講演者の公募は行わない。
そういう活動が軌道に乗ってくると、今度は自分達の学生の研究指導を 一緒にやろうということになって、大学院生向けの連続講演なども組み入 れた集会を組織して、そこに自分達の学生も参加させる。かくして自分達 の仲良しクラブが次の世代にまで繋がっていくわけである。
まあ、そういう感じでわいわいやってれば、出張で外国旅行もできるし、 それなりに楽しいんだろう なということぐらいは、俺サマでも想像はつく。さらには、 仲間が増えれば、論文を学術雑誌に投稿した時の採択率も上がるだろうし、 論文の引用件数も増えて学者としての名声も高まり、それなりのポストも 手に入り、ますます研究がしやすくなる。そういう現実的戦略という意味合 いもありそうである。数学者の多くは、その数学的能力は別として、 ただの俗物だから、そのぐらいのことは考えそうなものである。
では、彼らはどういう人物を仲間と認めるかというと、今分かっている ことは、(1)学問的興味が近いことと、(2)馬鹿でないこと、 の2つは必要条件らしいということ。まあ、俺サマも俗物だから、 そんなに御利益があるものなら、ひとつ仲間に入れてもらいたいものだ という気もないでもないのだが、悲しいことに 条件(2)で瞬殺アウトなんですな、これが。
素行調査作業完了後、まだ小一時間ほど時間が余ったので、 引き続き研究室にて数学。俺サマの研究の出発点の一つともいえる 某重要難解論文で、数年前からどうにも分からなかった 証明の核心部分がやっとわかった。
14時40分から16時10分まで、代数グループの卒研ゼミ。 1人目の発表者は、乗法単位元の一意性、マイナス掛けるマイナスはプラス、 といった環の基本性質の証明。2人目の発表者はフェルマーの数論と類体論 の関係についてのイントロ的解説の紹介。
引き続き16時20分から17時50分まで、代数幾何学グループの卒研ゼミ。 今日は射影平面の射影変換の定義とアフィン平面におけるアフィン変換が 射影変換の特殊な場合と考えらえること。このことは知らなかったので、 ちょっと「へえっ」と思った。
帰宅して夕食。ワインで少し呑んだくれ、夜は明日のドイツ語の予習など。
2012年5月24日(木)
<<何を考えてるのか>>
11時から13時前まで、院生E君と代数幾何学ゼミ。今日は中山の補題
の証明を終え、ネ―ターの正規化定理の準備として2,3の補題の証明も
片付ける。
このゼミで、今日も俺サマの馬鹿治療にうってつけのネタが見付かった。 昔からよく知っているちょっとした小技だけど、証明はどの本にも書いてな い。たぶんこうやれば証明できるはずと長い間思ってるだけで、 ちゃんと確かめていなかったものが、実は間違っていると判明し、 今日改めて考え直してなんとかやっつけた。
ゼミの後、生協で昼食をとり、トラベルカウンタで 航空券を受け取り、研究室に戻って講義の準備をすこし。
14時40分からの2回生「代数学序論I」の講義。今日は 拡大体の話。何故拡大体を考えなければならないかを、方程式論 の立場から簡単に説明した後、いくつかの定義をして、Q(√2)が Q上の2次のベクトル空間であること示す。
次回以降は、1の原始3乗根ζに対し、 Q(ζ)=Q(ζ^2)=Q(√ー3)であることや、 Q(√ー3、2^{1/3})の話をして、ガロア群の例を示し、 ガロアの基本定理の話をざっとしてから、部分群、正規部分群などの 話をやって、3、4次方程式の話に入るという計画。
俺サマのこの講義が終わるなり、次の授業の学生が 教室に入ってくるのは良いとして、教師まで入ってくる。休憩時間は10分 だから、次の講義の準備のために5分ぐらい早目にやってくるならともかくと して、俺サマの講義の終了ベルが鳴るや否や入ってきて、講義の後片付けを している俺サマに早く出ていけと言わんばかりに、教卓の近くうろつく。 何を考えてるのか知らないが、この手の先生は決って工学部の人である。
それで俺サマは、黒板をちょっと拭いては黒板消しクリーナーを 使ったりして黒板をことさら丁寧に拭き、学生の質問に懇切丁寧に 対応し、えーと忘れものはないかしら?と教卓に置いた講義メモや チョーク箱、(私語撲滅用)トンカチなどをひっくりかえして眺め てみたりして、わざとゆっくり後片付けをして、 できるだけ次の授業間際まで出ていかないようにしている。
講義の後、16時30分から18時前まで会議。その後、速攻で 帰っても、ラクトスポーツプラザの骨盤矯正ヨガには間に合わないと諦めて、 研究室に戻って「代数学序論I」の講義メモの次回分と次々回分を作成。 何せ来週は木曜以外に土曜の補講というのがあって、しかも補講の あと速攻でドイツに行かないといけないという、強行スケジュール が待っているから。
それから生協で夕食をとってから帰宅。夜は少し数学。
2012年5月23日(水)
<<単位僅少者面接>>
午前中は自宅で野暮用を大急ぎで片付け、大丸ラクト山科店で昼食用の
パンを買って早々と出勤。13時から始まる授業の前に、
学生の面接とできればその前に生協トラベルで航空券の
受け取りを済ませておきたいものだ、と。
しかし大学に着いてからメールをチェックすると、航空券は 予定より遅れて明日にならないと渡せないとか。まあ、それはよしとするか。 少し早目の昼食をとり、12時20分からの学生面接に備える。 しかし、半ば予想してた通り、呼び出しを食っていた学生は面接をすっぽかす。 空いた時間で13時前まで研究室で少し数学。
この面接は「単位僅少者面接」と呼ばれ、俺サマがRitsに着任した 1992年には既に行われていた、この大学の伝統行事。 単位取得状況が芳しくない学生をピックアップして呼び出し、 教員が面接をして学習指導や生活指導を行うというもの。
しかし学習や生活状況に深刻な問題を抱えた学生ほど面接をすっぽかす傾向が ある。というか、そういう学生だからこそ大学生活に色々問題を抱えがちになる。
では仮に、学習や大学生活に深刻な問題を抱えた学生が、面接を すっぽかさずにやってきて、「自分の力ではどうにもならないから何とかし てください」と言ってきたらどうか。残念ながら我々に出来ることはそう多く はない。せいぜい学生の話を聞いてやって、その上で奮起を促すなり、 リメディアル講座や学習相談会、場合によっては心理カウンセリングなど、 大学の色々な制度を紹介して、その利用を勧めることぐらいである。
しかも大学の色々な制度は、基本的には学生自らが自分の力で何とかする ことを支援するためのものであり、自分から何もしようとしない学生を手取り足 とり補助するものではない。
かように、本当に問題を抱えた学生にはあまり効果的でない制度がなぜ 昔から続けられているのかというと、本来はちゃんと学生生活を送っていける 力を持った学生が、単なる無知や誤解、ちょっとした考え違いが原因で 学生生活が乱れ、にっちもさっちもいかなくなることが防げると 考えられているからだと思う。それ以外では、所謂顧客管理の意味があると思われる。
つまり、大学は日頃から学生の学習、生活面の指導をきめ細かく行っている ので、仮にある学生が7回生や8回生になっても卒業の目処が立たないような 事態に陥っても、それは大学の責任ではないですよと言えるようにするためである。
という風に考えると、折角12時20分の面接に備えて色々準備して、それを すっぽかされても、それはそれで大学の仕事の一環だとドライに割り切ることが できるってわけ。
13時から14時半まで、経済学部、経営学部の「C言語とUNIX演習」 の授業。就活のため、学生は30分遅刻。それは良しとして、TA1名が横に 付きっきり状態のため、学生が箸の上げ下げのようなことまでいちいち質問して 教えてもらっている。俺サマが説明した事も、「また後でTAに聞けばいいや」 と思うのか、碌に把握しておらず、いちいちTAに聞いている。これは教育上 好ましくない。
TAの人には、次回から学生と少し離れて座り、 学生が質問しても、あまり手取り足とり答えずに、「この資料を見よ」とか 「これを読んで考えよ」とか、ヒントだけ与えて自分で汗を流させるように してくださいと指示しておく。
てな事を言っておきながら、俺サマはゼミでは結構手取り足とり教えたり してるけどね。でも、それは学生のことを思ってのことではなく、自分の馬鹿治療 のためにやってること。何たって、俺サマは悪い先生だからね。
引き続き14時40分から16時10分まで、2回生「離散数学」。 今日、やっと1の原始n乗根が三角関数を使って具体的に書き下せるという 定理の証明を終える。もっとも証明の中心部分は2通りの方法で証明したけど。 最後の10分ぐらいは、巡回群の定義を与え、X^n-1=0の解集合が巡回群をなす ことを指摘したところで時間切れ。次回は巡回群の構造についての話を進める。
講義の後は研究室に戻って、旅行保険のインターネット申し込みや、 出張費の件で事務とメールでやりとり。途中、数理科学科のお茶の時間に 誘われたりもしたが、行って特に何をするということもなく、ただ茶を 飲んで退屈な話を聞いて座っているだけなので、茶菓子の塩煎餅を2,3枚 ひったくって帰る。
そういえばお茶会に「某大学から(俺サマの)日誌のファンが来ている」って 話もあったな。毎日毎日、数学者の悪口をテンコ盛りで書いてるのに、何で数学者 が馬鹿の俺サマの日誌なんか読むのか?自分のことが書かれているっていう自覚が 無いのか、それとも、単なるマゾか?俺サマの馬鹿が伝染(うつ)るぞ。 この業界で馬鹿だと辛いぞ。それでもいいのか?と。
「だから数学者ってのは、訳わかんないんだよう!」と胸の内で吠えてみる。
帰宅後、山科区内で野暮用の後、夕食。すこしワインで呑んだくれ、 夜はほんの少しだけ数学。昼休みの小さな疑問が解ける。
2012年5月22日(火)
<<不完全性定理>>
午前中は山科区内で野暮用を済ませ、その足で大丸ラクト山科店で
昼食用のパンを買って、昼前に大学に出勤。昼食を挟んで生協トラベル
カウンターで航空券の手配や出張手続き書類の学内便郵送、ついでに
書店から届いた院生ゼミ用テキストの予算手続き、明日からの学生面接
の資料確認などの雑用を片付け、14時半頃から研究室にてしばし数学。
16時半から17時50分頃まで教授会。
教授会は4人がけのテーブルが何十と並ぶ大会議室で行われる のだが、俺サマは、特にこれといった理由はないのだが、いつも 数理科学科の同僚たちからはうんと離れたテーブルに座る。そこには 俺サマ以外にはその時々で他学科の色々な先生が座る。 今日も同じように、いつもの場所に座ったら、後から数理科学科の 同僚もやってきて、気が付いたら俺サマのテーブルは全て数理科学科の 同僚が座っていた。
同じテーブルに座ったからといって、特にどうだということはない。 これはまるで、学生達が数名でカフェなどに行って同じテーブルに座り、 さりとて何か話をするわけでもなく、それぞれが携帯電話をいじくったり 漫画に読みふけったりしてしばらくすごし、適当な時間になったら 「さあ、帰ろうか」と一緒に帰るのと同じようなことだと思う。 ただ、現象としてそういうことはあちこちで見出されるのだが、 それが一体何の意味があるのか、俺サマにはよくわからない。
教授会の後すぐに大学を発ち、山科駅前で夕食を済ませて19時20分 頃帰宅。夜はまた少し数学。
俺サマは馬鹿だから、普段あまり本は読まないのだが、先日買った 岩波文庫の「ゲーデル 不完全性定理(林晋、八杉満利子訳・解説)」 は非常に面白い。解説のところから先に読んでいるのだが、高名な 数理論理学者であるとともに、最近はヒルベルトの未発表ノートの 解読を通してヒルベルト像の真実に迫るという、数学史的にも 画期的な研究をされている著者の手になるだけに、さすがに読み応え があり、かつ、わかりやすい。
俺サマは計算機科学者時代にこの手のことは一通り勉強した積り だけど、この解説を読むと、表面的な理解でしかなかったことを痛感 する。後期に文系学部対象の一般教育科目を担当する予定だが、この本 をネタに講義できないかと画策中。
ただ、俺サマがこの内容を文系の学生に講義できるレベルまで 掘り下げて理解できるかどうか問題だし、そもそも学生がこういう 概念的な話を理解できるのかどうかについては、皆目わからない。
特に概念的な話は、それが理解可能な精神的成熟度というものが ある。俺サマの個人的経験から考えても、学生の頃は皆目分から なかったことが、数年経って忘れた頃に見直すとすっと理解できた ってことは沢山ある。所謂「大人になったら分かるよ」ってやつ。 俺サマも学生時代にこの本を読んだらチンプンカンプンだったかも 知れないし、講義のネタにするにあたっては、そういう不安はあるな。
2012年5月21日(月)
<<数学業界のオキテ>>
午前中は自宅で野暮用と数学を少し。それから街に出て、丸亀製麺
河原町三条店で昼食の後、寺町通りの上島珈琲に籠ってしばし数学。
上島珈琲はしばらく行かないうちに、入り口近くの6人がけぐらいの
大テーブル席2つが、小さな2人掛けテーブル3つずつに変わっていた。
この大テーブル席は、親子孫三世代家族だとか老人達の集まりとか
で使われることが多く、今日も2人掛けテーブル席3つをくっつけて、
老人たちの男女数名が談笑していた。彼らは耳が遠いせいか声がデカく、
話し声がよく聞える。しかしあまり大したことは話していない。
夕方少し早目に店を出て、JEUGIA三条本店を偵察。 J.S.バッハの無伴奏チェロ組曲のバズーン版が2種類出ている ことを確認し、胸をなでおろす。
実は先日、或人のブログに「ゴールドベルク変奏曲のバズーン版が ありますよ」と書き込みをして、しばらくして誤りのような 気がしてきて、ネット検索して少し調べてから、「もしかしたら、 クラリネットやフルートも入ってたかもしれません」と追加書き込みをし た。
それでも何となく腑に落ちないので、さらに試聴時に耳に残った メロディーを思い出して頭の中で反芻しているうちに、それはゴールドベルク 変奏曲ではなく、無伴奏チェロ組曲であることに気付いた。そのことを 「いい加減なコメントを書いてすみません」と再書き込みしたのである。 その書き込みも間違っているといけないので、今日JEUGIAさんで 最終チェックをしたというわけ。
まあ、何と申しましょうか、数学者相手に数学のことでこの手の ヘマをやらかすと物凄く厄介だと思う。数学者は数学以外のことでは 半分ぐらい出鱈目を喋っているくせに、こと数学に関しては自分に 対しても他人に対しても、常に100%の正確さを要求するからね。 その割には、講義で平気で嘘を喋って終了間際に気付き「あっ!今日の 講義は全部嘘ですから忘れてください。来週やりなおします!」 みたいなことをやったりする。
どうも、自分の誤りを自分で気付いて1度だけ訂正するのは ぎりぎりセーフで、2度以上バタバタ訂正を繰り返すとかなり心証が悪くなる。 さらに、他の数学者に誤りを指摘されるまで気付かないとなると、 笑ってすませるケアレスミスや余程深く微妙な考察がないと気付かない 特殊なミスを除いて、ほとんど切腹モノというのが、数学業界の オキテのようである。あー、怖い世界だこと。別に数学が間違ってたって 人が死ぬわけじゃないのに、そんなに怖い顔して怒らなくてもいいじゃん! と思うけど。。。いや、俺サマは数学者じゃないから、よく知らないけどね。
それから帰宅して夕食。先日買っておいたワインの味見でもと思って 開けたら、コルク栓の瓶の内側の方にカビが生えてて、ワインもカビ臭かった。 それで買った所に電話して「どうよ?」と聞いたら、すぐに新しいのを持ってきて、 取り換えてくれた。ワインのカビって、よくあることだそうだけど、俺サマ は初めて。店の人がちゃんと対応してくれたので、満足。
数年前に、瓶にヒビが入ってたのか、栓抜きでコルク栓を抜こうとしてたら、 いきなり瓶が割れてあたりが血の海(赤ワインだから)みたいになったこ とがある。まあ、その時も新しいのに変えてもらったな。
ワインのトラブルって色々あるんだろうけど、 俺サマが経験したのは、とりあえずこれだけ。
それからラクトスポーツプラザで楽しいZUMBAと筋トレ。
2012年5月20日(日)
<<悦びの踊り>>
午前中は京都新聞日曜版の2つのパズル。うち1つの7つの間違い探しは
6つしかわからず、時間切れ投了。俺サマも焼きが回ったものだ。
ま、最近色々運気が悪いし、深追いはせずに大人しくしていよう。
それから少し数学。昼過ぎに山科区内のスーパーに買い物に出て、 そのついてにその辺で昼食。帰宅して、また夕方まで数学。 夕食後はまたワインなどを飲んでのんびりし、夜は野暮用にて 京阪三条駅まで行って戻ってくる。帰宅後もまた少し数学。
合間合間はフェースブックで遊ぶ。俺サマも、人と話すのが 嫌いだとか言っておきながら、プライベートな仲間とは何やかや馬鹿 言って遊ぶのが好きなんでしょうな。そういうところは、子供の頃から 変わってない。
世の中は金環食とか言って騒いでいるが、あれが何故だかよくわからない。 少し前にも、太陽が半分ぐらい隠れるとか、一晩のうちに 満月が新月になってまた満月に戻ったりしてたが、そりゃあ、 宇宙は動いてるんだし、「たまにはそういうこともあらあな」と。
いいじゃん!昔は日食は不吉だとか、いや目出度いのだとか言って、 神の怒りを鎮める踊りを踊ったり、色々してたそうだけど、 実際、それであちこちの原発が爆発するわけでもないし、 空から槍が降ってくるわけでもないし、何でそんなので騒いでるの? って感じである。
でも、もし金環食で世界中の数学者の馬鹿嫌いが無くなるん だったら、俺サマは金環食に(ロードランナー逆走男から学んだ) 悦びの踊りを捧げるけどね。
2012年5月19日(土)
<<河原町丸太町の火事?>>
語学の土曜日。10時より12時半過ぎまで関西日仏学館でフランス語の授業
を受ける。この講座の先生は俺サマと同年輩かと思っていたが、どうも10歳
ぐらい若いんじゃないかという気がしてきた。西洋人の年齢は分かりにくい。
昼食は新福菜館百万遍店でがっつりと。それから京大ルネ食堂で昼食後の 珈琲を飲みながら、夕方のドイツ語の予習。その後、関西日仏学館の図書室に 移動してフランス語の宿題と復習を片付ける。途中睡魔に襲われ少し気を失って いたようだ。
16時40分から18時15分頃まで、ドイツ語寺子屋にて授業を受ける。 帰りは、俺サマは人と話すことが嫌いなのに、何で毎週まる一日もかけて 語学学校通をしてるんだろう?という、いつもの自問をしながら、徒歩で地下鉄 京都市役所前駅へ。若い頃、英語を喋っている時は何故か少しばかりアグレッシブ になれたので、日本語以外の言葉を喋る時は、ちょっとばかしいつもの自分から 離れられるかな?と。しかしそれが全く根拠のない信仰でしかないことは、 ここ数年の経験で証明されているはずだが。
途中河原町丸太町の交差点のところに消防車が数台止まってものものしい 雰囲気になっており、サイレンを鳴らして後続の消防車が来たりも してた。しかし、どこが火事なのかわからず。 消防士たちがレストラン東洋軒を出たり入ったりしていたが、消火活動をしていた 気配もないし、ボヤを消し止めたにしても救急車だの消防車だの、現場指揮車だの、 ものものし過ぎる。
しばらく交差点の向かい側から様子を見ていたが、どうもはっきりしないので そのままその場を立ち去った。
そういえば、昨日山科から大学に向かうJRの車中はドイツ一色で、 ゲーテインスティチュート、ルフトハンザ航空、ドイツ観光局などの広告で統一 されていた。京都ゲーテのリストラなど、斜陽の一途をたどるゲーテが 打って出たなって感じだが、さて何人の人が広告に関心を持ったことか。
今の京都ゲーテの所長は、ビールとソーセージとジャガイモの 「古いドイツのイメージ」ではなく、現代的なドイツ文化を売り込みたいと 躍起になっているようだ。しかし俺サマの見るかぎり、今のドイツに画期的に 新しい独創的文化は生まれておらず、「所変われば品変わる」程度の普通に モダンなだけのものが、どこまで今の日本人の心を捉えられるか、 あまり楽観はできないと思う。
道草なしで地下鉄に乗り、大丸ラクト山科店で安い赤ワインを買って帰宅。 夜はそのワインで少し飲んだくれる。
2012年5月18日(金)
<<敗退の歴史>>
午前中は自宅で数学。昼頃自宅を出て、山科区内で昼食の後、
山科駅前Sbuxでしばし数学。それから頃合いを見て大学に出勤。
14時過ぎに大学に到着し、14時40分から16時10分まで
卒研ゼミ(その1)。
今日の1人目の発表者は、有理整数環の素イデアルがガウス 整数環の中で分岐する例が類体論の出発点であるという話。2人目 の発表者は、環の準同型定理の話を証明抜きでした後、非零因子の 定義、整域の定義、整域と整域でないものの具体例、冪零因子の定義、 冪零因子は零因子であるが、逆は成り立たないことを示す具体例など。
16時20分から18時50分頃まで、卒研ゼミ(その2)。 今日は射影平面の定義。このゼミの最後に「あれ?何か変だな」 と気になることがあったが、兎に角ゼミは終了。その後よくよく考 えてみたら、これは立派な俺サマの馬鹿治療素材だと判明。 「射影空間の胞体分割を知ってながら、何でそういう誤解をしてい たのか?!」と激しく反省。帰りの電車の中で誤解の原因を 徹底究明する。
ところで、俺サマは今まで研究分野を転々と変わって来てる。 その時に色々なことを思って、今までやってきた分野を離れるのだが、 つまるところ「その分野が自分には難し過ぎるから」というのが本当の 理由のような気もする。
直近の話で言えば可換環論である。代数幾何学や数論の人は可換環論 を馬鹿にするかもしれないが、あれは結構難しい。上手に問題設定をしないと マトモな結果は何も出てこないからである。ではどうやれば上手な 問題設定ができるのかというと、、、そんなことが分かるぐらいなら 俺サマは苦労しない。
偉い先生たちがよく、可換環論は「パターンの数学」であり、数論や 微分方程式のような「対象の数学」とは違うのだと言っていた。 「対象の数学」は、素数だとか何とか型方程式だとか、由緒正しい 研究対象をじいっと眺めて、少しずつ真理を引き出すように研究する。 俺サマには良くわからないが、たぶん問題は自然に設定され、それが自分に 解けるか解けないかは別にして、兎に角何かしら興味深い答が隠されて いるのではなかろうか。
それに対して「パターンの数学」である可換環論は、具体例は 沢山あるけれど、その中で特に、それをじいっと 見てれば何かがわかってくるはずというはっきりした対象は無いように思う。 むしろ「こういう仮定をおけばこういう結論 が導ける」という論証のパターンを見つける学問で、さりげない仮定から できるだけ意外な結論を導くところで勝負する。下手な仮定の組合せからは、 何も意味のある結果は出てこない。
だから、どういう仮定をどういう風に組み合わせれば面白い結果が導けそうか、 上手にアタリをつけないといけない。偉い人はそういうのが何となく見通せる みたいだが、俺サマのようにセンスの無い馬鹿は、何年やってても一向に何も 見えてこず、手探りでウロウロしているだけである。
俺サマの可換環論での仕事のほとんどは、センスのある人が「ここ掘れ ワンワン!」と言うから、半信半疑で掘ってみたら、何か出てきました!という ものである。やはり何処を掘るべきか自分でどんどん見つけられないことには、 この分野の研究者として先行きは暗いと言わざるを得ない。
まあ、俺サマは馬鹿だから何をやっても先行きが暗いことには変わりはない かもしれないが、どのぐらい暗いかはっきり見えてしまたものをやり続ける というのは、元気の出ない話である。
ま、それで可換環論をやめてしまったのだけど、計算機科学も似たような ものである。技術的には馬鹿みたいに簡単な話だが、ある種のセンスがないと いい研究成果を継続して出し続けることは難しい。代数幾何学もやめる時が来 るだろうけど、何かしら難しさに限界を感じて手を引くことになるんだろうな。
かように俺サマの研究歴は敗退の歴史のようなものだが、ひとつだけ良いこと があって、それはそれぞれの分野に何となく敬意が持てるようになることである。 どんな分野にも俺サマには歯が立たない固有の難しさがあって、その困難を やすやすとクリアしてバリバリ成果を出している優れた研究者がいる。そう考える と、世の中には色々凄い学問分野や凄い人がいるんだなと、まあ、 負けず嫌いの俺サマとしては別に嬉しくはないけれど、それなりに世の中捨てた もんじゃないな、ぐらいには思うのである。
2012年5月17日(木)
<<お喋り、好き?>>
10時半頃に出勤。11時より13時前まで、院生E君と代数幾何学のゼミ。
今日はヒルベルトの零点定理の証明と、環の整拡大を有限生成加群として
特徴づける命題の証明を終え、次回は中山の補題に入る予定。
今日議論したことの中に、俺サマの馬鹿治療にもってこいの話がひとつ あった。そういえばこの件に関しては、昔、計算機代数屋の元同僚が何やら ごちゃごちゃ言ってたな、と。簡単な反例などを作って、納得。
ゼミの後、研究室で少し雑用の後、生協食堂で昼食。それからまた研究室に 戻って束の間の数学。
14時40分から16時10分まで、2回生「代数学序論I」の講義。 今日はX^3−2=0のガロア群の生成元とその関係式を使って演算表の計算を行い、確かに群になっていることを示す。次に3次対称群を置換で定義して、 上記の例のガロア群と同じ演算構造になることに注意し、群とは多くの対象に 共通に現れる構造のことであると強調したところで時間切れ。 次回からは、ガロア群の概念をもう少し正確に述べるために、 拡大体の話をし、そこから3、4次方程式の話にもっていく予定。
講義の後、事務に立ち寄って少し雑用をかたづけてから大学を発つ。 帰宅して夕食の後、ラクトスポーツプラザへ。今日は骨盤矯正ヨガと 有酸素運動。今週は月曜日のZUMBAに行かずに仕事で酒を飲んで いたから、スポーツクラブは今日だけ。
帰宅後は、ドイツ出張に持っていく電源アダプターはどこにしまったっけ? と、あちこちごそごそ探したり。
そういえばネットで「初対面の人でも会話がはずむ方法」みたいな話が出 ていて、要するに相手が話したがってることを上手に聞き出す良い聞き役になれ ばよい、というようなことが書いてあった。
しかし、俺サマが数学者相手に聞き役に回ろうとすると、「何でお前 みたな馬鹿相手に話をしなきゃならんのだ?」という態度で来られるので、 (この野郎、俺サマが馬鹿だと思って馬鹿にしよって、、、いっぺん殴ったろか!?) みたいな話になってしまう。
逆に相手が聞き役に回っても駄目である。 俺サマは、聞かれたことに対する答として必要最小限のことしか答えない 習慣が身についていて、問いかけは豊かな会話のトリガーであることを全然 理解していない。何度も質問を向けられると、(何でお前さんは俺サマのことを根掘り 葉掘り聞いてくるんだ?答える方もいい加減面倒臭いんだぞ。 お前さんばかりラクしてないで何か喋れ!)と思ってしまう。 しかし相手が色々喋ると、(こいつ、聞かれもしないことをべらべら 喋りよって、ほんまに暑苦しい奴だ!)となってしまう。
俺サマは、自分が無類のお喋り好きだと思っていたが、実は人と話すのが嫌い なようだ。いつからこんなオッサンになってしまったのかについては、 現在調査中。
2012年5月16日(水)
<<てにをは>>
午前中は自宅で野暮用。久しぶりに大丸ラクト店で昼食用のパンを買って大学へ。
12時頃大学に到着。13時より14時30分まで、受講生1名の 「C言語とUNIX演習」の授業。今日はやっと課題1のレポート完成にこぎつけ、 次回はメールでレポートを送る実習をしてから、課題2に移る予定。
引き続き14時40分から16時10分まで2回生「離散数学」の講義。 同じ教室で前の時間に例の寝坊先生の講義があるらしいが、例によって休講らし かった。
今日は1の原始n乗根のn=2,3,4の場合を複素平面上に描き表し、 一般形を予想して、その証明を途中まで行った。最後の方で私語をしている 学生が居たので口頭で注意し、さらにトンカチを打ち鳴らし「そこ!静かにしろ!」 と怒鳴ったところで終了のチャイムが鳴った。何とも間が悪い。
16時30分から19時45分過ぎまで学科会議。 休憩を挟んだ後の後半1時間の議論がすさまじく、法案の文章じゃあるまいに、 A4の紙1枚にスカスカに書かれた文章の「てにをは」をどうするかで、 ああでもない、こうでもないと、さもこの世の一大事であるかのように 延々と議論していた。
どうでもよいようなディテールにこだわる、数学者の習性 が如実に現れた会議であるが、議長がまた来週も同じ議論をするとか 言い出したので、流石に「こんなことをいちいち会議でうだうだ議論 させるな!」と文句が出ていた。ちなみに、この文句、俺サマが言ったん じゃないからね。
そういえば、「学生時代の指導教官が矢鱈に『てにをは』に五月蠅い 先生だった」というような話は、数は多くないが、ちょくちょく聞く。 数学者の場合、「ここは『は』ではなくて『を』でなくてはならない。 何故ならば、、、」といちいちもっともらしい理論で理由づけしたがる。 俺サマの印象では、この手の理論は、おそらく半分ぐらいは正しいかも知 れないが、残りの半分ぐらいは出鱈目だろうと思われる。
一般論として、数学者が数学以外のことで話すことは、半分ぐらい は出鱈目であると思って差し支えないと思う。
その後、生協で夕食を済ませてから大学を発ち、21時20分頃帰宅。