の
た
め
の
邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2012年10月31日(水)
<<数学者の会議>>
昼前に出勤。生協コンビニでお握りとパンのようなものを買って
研究室で昼食。講義の準備などをしているうちに、13時の2回生
「代数学序論II」の講義の時間に。
今日は準同型定理の応用例として、 生成元と関係式で定義した乗法巡回群と整数加群の剰余群で表した 加法的巡回群の同型性、3次対称群が3次と2次の加法的巡回群と 同型な部分群を含むことを示し、つぎに準同型写像の持ち上げの 例を示す。次回は準同型写像の持ち上げについての一般論や同型 定理に入る予定。
14時30分に講義が終わり、研究室に戻ってしばし数学。 16時30分から18時35分まで学科会議。何でこんな単純な事を決める のに、こんなに長々と議論しなければならないのか?と思う場面 があったが、議論は例によって以下のような調子だったので、やむおえないか、と。
「A案にしましょう」
「A案はXという問題があるからB案で」
「B案もYという問題があるからA案で」
「A案はX問題があるからB案で」
「ところでA案って何ですか?」
「B案でいいじゃないですか」
「B案はY問題があるのでA案で」
「ところでB案って何ですか?」
「B案はYだから駄目です」
「A案もXだから駄目です」
「でも、選択肢はA案とB案しかありませんが、じゃあ、どうしましょうか?」
「A案の問題点って何でしたっけ?」
「AにはXという問題があります」
「じゃあ、B案の問題点は?」
「B案にはY問題があります」
「で、どうしましょうか?」
「どうします?」
「どしましょうかねえ」
「どちらか決めないといけませんね」
「どちらかに決めないといけません」
「B案でいいんじゃないですか?」
「B案はY問題があるからA案で」
「じゃあA案?」
「A案はX問題があるからB案で」
「ところでB案で何が問題でしたっけ?」
「B案はY問題があります」
「じゃあ、A案ってことになりますね」
「A案はX問題があるから駄目です」
「ところで、A,B以外に選択肢はないのですか?」
「選択肢はA、B以外にありません」
「じゃあ、A案でいいのでは?」
「A案はX問題があるから駄目です」
「じゃあ、どうしましょうか?」
「どうしましょうか?」
....(中略).....
「ところで、まだ意見を言ってない人はどうでしょうか。高山先生は?」
会議の後、生協食堂で夕食の後、図書館の数学和書コーナーを すこしぶらついて、19時過ぎに大学を発つ。夜も少し数学。
2012年10月30日(火)
<<訃報が届く>>
午前中は自宅で野暮用。それから数学。
昼頃、昔お世話になった大先生が亡くなったとの報せが届いた。 馬鹿の俺サマが、今こうやってのうのうと数学を研究していられるのも、 この大先生の他に、ギリギリ少なく見積もっても、あと2名の先生のお陰である。 彼らが居なければ、今頃俺サマは、前に勤めていた会社でリストラされて 野垂れ死にしているか、情報理工学部で塩漬けのミイラにされているか のどちらかだったであろう。
15時過ぎに自宅を出て、大学に出勤。夕方から出勤なんて、 「お水の花道」みたいだな、と。
大学に着いて、事務で受け取った郵便物を片付け、16時半から教授会。 今日はいつもの会議室が使えず、別の建物の大教室。学生さんは 毎日こんな堅く窮屈な椅子と狭い机で1日何時間も講義聞いてるのか。 そんなら、チョークで汚れた手を洗う洗面台が教室に設置されていない ぐらいのことは我慢しないといけないな。「欲しがりません、勝つまでは!」と、 思わず意味不明のことをつぶやく。
教授会は18時25分頃に終了。生協で夕食の後、研究室で雑用を片付け、 19時半頃に大学を発ち、21時前に帰宅。夜もまた少し数学。
2012年10月29日(月)
<<現場に行ってみる>>
午前中は科研費のダメダメ申請書類改訂版を見直して、文科省だか何処だかの
サーバーにアップしたり、大学の事務にメールで送ったりといった作業。それから
近所のスーパーに買い物に出て、帰宅後はずっと自宅に籠って数学。
夕方頃、ラクト山科まで散歩。帰宅して夕食。夜はラクトスポーツプラザへ。
今日は楽しいZUMBAと筋トレ。
俺サマは研究集会に参加しても、そこに来ている数学者と議論することは ない。俺サマは馬鹿だから、数学者サマたちと議論できるレベルではないから だとも言えるし、たとえ数学者サマに議論の相手を してもらえたとしても、(その時の、あるいは場合によっては、 その議論からしばらく経ってからの)馬鹿に対する彼ら特有のリアク ションが癇に障り、後で腹が立って寝られなくなるのが嫌だからだとも言える。 いずれにせよ、俺サマは馬鹿だから、ひたすら気配を消して大人しくその辺を 漂って偵察しているのである。
しかし研究集会は行ったら行っただけのことはある。たとえば、休憩時間などに 熱心に立ち話している数学者たちが居たとする。どうも雑談ではなく、数学の 話をしているようだ。それにしても、互いに少しかけ離れたことを研究している あの連中が、何故一緒に長々と議論してるのだろう?としばらく考えていると、 「なるほど!そういうことだったのか」と、俺サマが見落としていた 複数の分野の繋がりが分かったりする。さらには、さりげなく近くを通って耳にした キーワードや断片的なフレーズから、議論の大まかな内容が推察できたりして、 これもまた「なるほど!」と目から鱗が落ちた気分になったりもする。
そんな感じで、城崎のシンポジウムでは、俺サマ的にはちょっとした収穫が あった。その事を盛り込んだら、科研費申請書ももうちょっとはマシになった かも知れないが、まあ、あんな当たるかどうか分からないものにいつまでも時間を かけることもあるまいと、そのままにしたけど。
海外の研究集会に行っても、こんな風に集会会場で偵察飛行していれば、 普段は論文でしか知らない研究者たちの繋がりや、彼らがどんな問題意識を 持っているかが何となく分かったりする。そういうことは、世界的にどんな 研究動向にあるのかを探る上で重要な情報となる。その意味では、 やっぱり現場には行ってみるものだな。
2012年10月28日(日)
<<大阪に行く>>
午前中は京都新聞日曜版の2つのパズルを速攻攻略し、大学の仕事
関係でメールを1つ書いて出してから、雨の中、大阪へ。
改装工事中でガタガタしていていたJR大阪駅が新しくなっていた。 大阪名物、消える行き先案内掲示というのがあって、「地下鉄 ○○線はこちら」と矢印があるので、それに従ってしばらく行くと、 道が二又に分かれてたりするのだが、どちらに行って良いかは示されて おらず、その代わりに以前の掲示に従っていけば、自然とこちらを 選びそうな方向に、「この先、××方面出口」とか掲示されている。 あれ?地下鉄○○線はどうしたんだよう?と。
それで何だかよく分からず、勘に頼って進むと、 再び「地下鉄○○線はこちら」の掲示が現れて、ああ、やっぱり こちらの道を選んで良かったのだと、胸をなでおろすといった具合。 ついでに「××方面出口」もそこにあったりする。
これが東京だと流石に用意周到で、田舎者がやってきて、さてこの先 どっちに行けばよいか?と迷うような所に、ちゃんと掲示が出ている。 このような東京と大阪の違いは、俺サマが学生の頃からちっとも 変わっていなかったが、新装オープンした大阪駅では改善されているの かしら。今日はちょっと通っただけなので、よくわからなかった。
あと、驚いたのは、エスカレータなどで皆がどちら側に並ぶかというと、 京都は左側、しかし大阪(駅)では右側だった。東京はどっちだったっけな?
心斎橋の大丸で昼食。讃岐饂飩屋に入って、あまりに高いので臍を曲げて ざる蕎麦を食べた。食い倒れの大阪なら、もっと安くて美味しい店があると思う けど、大阪は不案内なので仕方がない。
それで、今日大阪に来たのは、心斎橋からちょっと歩いた小さな貸し ホールで行われた、ピアノとソプラノのコンサートを聴きにいくため。 アンチュチュのクラスメートの一人がピアニストなんだそうで、 その縁。コンサートは14時に始まり、途中休憩を挟んで15時半過ぎに終了。
帰りは、大阪に来たついでに、 大阪港近くの画廊でやっている現代絵画の個展も見て行こうかと思ったけ ど、よく確かめたら、日曜と月曜は閉館だと。これもアンチュチュのクラスメート のひとりが芸大の先生で、ちょっと面白い絵を描いてそうなので、 ひとつ見に行ってやろうかと思ったのだけど。
今のアンチュチュのクラスには、他にもピアノの先生が一人、娘が芸大出て ピアノの先生始めましたというのが一人、娘がジュニアオーケストラの団員やって て自分は趣味でチェロを弾いてますというのが一人といった具合。俺サマの語学 学校通いも、軽く10年を越えているけど、こんなクラスは始めてだな。
帰り道、京都駅で途中下車して、アバンティーを偵察。しばらく行かない うちに、ここも少し変わっていて、サンリオショップは店の敷地が微妙に変化 しており、エスカレータの上り・下りの位置が一部以前と逆になっていた。 ブックセンターをちょっと見て、すぐに帰宅。夕食後、夜は少し数学。
2012年10月27日(土)
<<気分転換>>
早起きして9時半過ぎにアンチュチュへ。10時より12時半過ぎまで
フランス語の授業。昼食は、サラダバーがしょぼい京大中央生協食堂へ。
その前に、昔、学生部があった所を改装して出来た、カフェレストランの
カンフォーラをちょっと偵察。今日は物理か何かの国際研究集会が開かれ
ているらしく、その参加者っぽい人たちで満員だった。
中央生協食堂で昼食後、まずはフランス語の宿題を片付けてから、 しばし数学。例のコアダンプ爺さんとその相棒も来ていて、いつもの ように延々とコアダンプしてた。
学生達をみていると、15時半頃に飯を食ってるのが沢山いて、 一体どういう生活をしているのか?と思ってしまう。しかし、 かく言う俺サマも、学生時代は明け方まで勉強して倒れるように寝込み、 13時を過ぎてから起きて14時頃に朝ごはんを食べてたりしたな。 ふと見ると、コアダンプ爺さんたちも、15時を過ぎてからのんびり 食事をしているようだった。
16時40分から18時10分頃まで、寺子屋にてドイツ語の授業。 帰りはJEUGIA三条本店を偵察し、いくつかCDを試聴。
まあ、朝と夕方に語学学校に通うダブルヘッダー生活ってのは、 時にどっと疲れるものである。別に何がどうというわけではないが、 「あーっ、シンドイなあ...」と思いながら一日をすごし、終わったら 半分気が抜けたようになる。
まあ、俺サマは色々な人と会うのは嫌いではないし、特に城崎で大量 の数学者たちの中に居て、多少ささくれだった気分になっている今日などは、 語学学校でお喋りするのは気分転換になって、かえって良いのだが。
帰宅して夕食の後は、科研費申請書類の修正作業など。
2012年10月26日(金)
<<城崎シンポジウム>>
24日の午後は2回生「代数学序論II」の講義。自然準同型の存在と
準同型定理を証明し、いくつかの例で準同型写像の応用例を示した。
次回はさらに具体例をいくつか示して、同型定理の準備として、
写像がfactor throughする状況について明らかにする。
引き続き1回生「特殊講義I」の俺サマの 分の最終回。代数幾何学の話として、線形代数の連立1次方程式論、 大学入試レベルや大学入試では扱わない簡単な具体例、連立方程式を イデアルとして捉える考え方などを話して終わる。
講義が終わってすぐに大学を発ち、バスに飛び乗ったが、運の悪いことに、 この日の運転手が馬鹿みたいに徐行運転ばかりして、道路が特に渋滞していた わけでもないのに、いつもよりも5分ぐらい遅く南草津駅に着いた。 結局早目の想定として考えていた電車には乗れず。京都駅でゆっくり夕食をとって、 18時半の特急電車で城崎温泉駅に向かう。宿に着いたのは21時半過ぎ。
代数幾何学城崎シンポジウムは、城崎の大会議場を借りて行われるが、 宿泊は毎年同じ旅館で相部屋合宿制である。これを嫌がって、自分で宿を とる人も居る。俺サマもそうしようかという気が無いでもないが、 結局「怖いもの見たさ」というかマゾというか、今度はどんな恐ろしい数学者 と相部屋になるのかしら?と戦々恐々半分ワクワクって感じで、 毎回シンポジウム指定の旅館に泊っている。
俺サマの見るところ、相部屋に関して数学者のとる態度は2パターン ある。1つは「やあ、高山さんって仰るんですか。初めまして。いい酒買って きましたから、一緒に飲みませんか?」って感じの展開になる社交的パターン。 俺サマはこういうフレンドリーな人は、たとえ数学者であっても(!)大好きである。
もう1つは、10畳ぐらいの部屋に3人ぐらいのオッサンが、 それぞれ互いに適当に離れた一角に自分の世界を作って籠ってしまい、 静かに「お通夜」が進行するパターン。何かのはずみで、この重苦しい沈黙が 破られ、「一緒に飲みませんか?」みたいな展開になることもあるが、 そうならないこともある。今回は後者のパターン。各自酒の小瓶を買ってきて、 ちびちびやりながら数学の勉強(をするフリ)をして、酔っぱらってきたら、 もう何もすることがないから、寝る、と。そんな感じで、毎夜10時半頃に 早々と消灯、就寝。何だか小学生時代に戻ったような感じ。
以前、「可換環論シンポジウム」に参加してた頃、1度だけ ひと回りぐらい年上のオジサンと二人で相部屋になった。そのオジサン、 部屋に入るなり、目ざとく奥にあるベッドに突進し、そこに陣取って さっさと自分の世界を構築して、完全に閉じこもってしまった。
俺サマは、最初に挨拶ぐらいはして、「じゃあ、こんな具合にこの部屋を 使ってきましょうか」みたいな会話があって、、、という展開を想像してたので、 最初から全く取りつくシマもないこのオジサンを見て、つくづく変な人だなと 思ったものである。
そういえば、駆け出し計算機科学者だった20代の頃、 「プログラミングシンポジウム」という合宿制シンポジウムに一度だけ参加し、 研究発表したことがあった。その時は某メーカー中央研究所 でFortranコンパイラか何かの研究をしていたオジサンと相部屋だった。 このオジサン、とりあず挨拶をして、自己紹介したりするところは、いきなり 自分の世界に閉じこもってしまう数学者とは違って、さすがに会社員である。 それで俺サマも自己紹介して、「証明コンパイラの研究をやっている」と言ったの だが、それがこの人の癇に障ったらしく、「気に入りませんね。そんな雲をつかむ ような研究をやってないで、自分の会社のコンパイラの見直しでもやってたらどう ですか?」などと言い、まだ夕方なのに、そのまま鼾をかいて寝てしまった。
当時、俺サマは次世代コンピュータ開発の国家プロジェクト の研究員として国立研究所に出向しており、「雲をつかむような研究」 をするのが仕事で、自分の会社のコンパイラの見直しなどやっててはいけない 立場だった。それを十分知った上で、そういう憎まれ口を叩くんだから、 このオジサン、どこまで根性の腐った人間かと、当時もそうだが、今でもそう思う。
このシンポジウムでは、俺サマが研究発表の中で 定理の自動証明についてちょっと触れると、いきなり立ちあがって 「定理の自動証明などとは、まったくもってけしからん!」と怒り出し、 その後も、俺サマの顔を見るなり「定理証明など、けしからん。ブツブツ」 と目を吊り上げていたオジサンがいた。ははあ、ちょっと危ない人が 会場に紛れ込んでるのかな?と思ったが、実はこのシンポジウムの重鎮 で、若い頃、定理自動証明を研究したことがあった数理論理学者だった。
相部屋になった変なオジサンたちといい、学会発表にたいして 「けしからん!」というアホみたいなコメントしか言えない情けない 数理論理学者といい、後の俺サマが「オジサンというのは碌でもない 生き物だ」という思想を形成するのに、大きな影響を与えたと思われる。
シンポジウムは今日の午前中で終わった。例年100数十名程度の の参加者があるそうだけど、今年は60名を下回っていて、 関係者たちが「どうしたものか」と鳩首会議をやっている場面もみられた。 代数幾何学が巨大な分野になり、数日程度の1つのシンポジウムで、 それほど多くの代数幾何学者の興味を引き付けるのが難しくなってきたの かもしれないし、あるいは、日本の大学が学会出張を禁じる方向に変わって きたことも影響しているのかもしれない。ま、俺サマの知ったことではないけど。
俺サマは、現地で昼食をとってから、13時半の特急で京都に帰ってきた。 途中、70代か80代ぐらいの爺さんが乗ってきたのだが、亀岡で降りるまでず うっと鼻くそをほじくっていた。あの位の年配の爺さんが、ひとり電車に2時間 ぐらい乗ってると、することが無いらしく、新聞を読むでもなし、もの想いに耽 るでもなし、ただただ、窓から風景を眺め、切符を取り出して確認し、はなくそ をほじくり、また少し手を休めて窓から風景を眺め、といったことをずうっと 規則的に繰り返していた。
オジサン嫌いの俺サマも、この位の年の爺さんには割合おおらかだが、 鼻くそをほじくり続けるのは許さんな。鼻くそほじくって食べるんだったら、 新しいサンプル発見!ということで、許してしまいそうだけど。
帰宅後、夜は事務に駄目出しされた科研費申請書の修正作業など。
2012年10月23日(火)
<<恋のハレルヤ>>
午前中に会議があったので、早起きして山科駅へ。と、例によって電車は
大幅な遅れ。「雨が降ったからかなあ」と思ったが(実際雨が降っただけでも
JRは大幅に遅れる)神戸線内での人身事故が原因とか。新快速や快速電車
が全て運休になったそうで、やっとのことで到着した普通列車は首都圏の
朝の通勤ラッシュを思わせるギュウ詰め状態。
こういう時は、痴漢冤罪に巻き込まれないよう全力を尽くさねばならない。 まずは、常に両手を高く上に挙げる態勢を取ることが肝心である。 さらに不幸にして女性と隣接する状態になった時は、 女性に背を向ける態勢をとり、あらぬ疑いを掛けられるリスクを最小限に 抑えなといけない。
それにしても、首都圏の男性サラリーマン諸氏は 毎日こんなことをやっているのかと思うと、同情を禁じ得ない。
南草津から大学に向かうバスに乗ったら、大阪方面から通学している Ritsの学生が、「新快速も快速も運休になって、仕方なく 普通電車に乗ったら(出席重視の)授業に間に合わなくなった」と、 友達にぼやいていた。その学生は「神戸線内って、人が死に過ぎ!」とも 言っていた。確かにJR西日本では1,2週間に1度ぐらいの割合で 神戸線区内で人身事故が起こって電車が大幅に遅れる。
どうもJRの人身事故が多いが、景気が悪いから飛び込み 自殺が多いのかなと、最近までは思っていた。世の中を恨んで、通勤時間帯に 電車に飛び込み、少しばかり人々を困らせてからあの世に旅発ってやろうとでも思う のだろうか、と。
しかし、実際は携帯電話などに夢中になってホームの端を歩いていて、 通過する電車に巻き込まれるケースが多いらしく、東京の山の手線のホーム などにもそういう注意の掲示があった。俺サマなどは、よく そんな不用心なことができるものだと思うけど、まあ、世の人々を 見ていると、さもありなんという気もしてくる。
ニューヨークのマンハッタンあたりが荒れていた頃(というと、もう 30年ぐらい前の話だが)、地下鉄のホームに電車が入ってきた時に、 後ろから突き飛ばされて死亡する事故(というよりは事件)がよく 起こったそうだ。俺サマはその話を聞くずっと前から、ホームの端に はなるべく立たないようにしている。立たねばならない時でも、 電車が入ってくる時は後ろに変なそぶりをしている奴はいないかと注意し、 例え突き飛ばされても踏みとどまれる態勢を取るようにしている。
電車は遅れたけれど、10時20分からの会議には間に合った。 会議は12時半過ぎに終了。それから生協食堂で昼食をとって、午後は 研究室で明日の講義の準備や、講義に関する雑用を色々やっているうちに 夕方に。17時半頃に大学を発つ。帰宅して夕食の後、すこし数学。
全然関係ない話だけど、西洋の教会音楽で「ハレルヤ―!」って 歌う時って、何でいつもこんなに天に舞い上がるような 歓喜に満ちた感じなんだろうね。 俺サマはニッポンのオジサンだから、子供の頃「ハレルヤ」 と言えば、黛ジュンの「恋のハレルヤ」の事だったな。
♪ハレルヤ〜、花が散っても♪
♪ハレルヤ〜、風のせいじゃない♪
♪ハレルヤ〜、沈む夕日は♪
♪ハレルヤ〜、止められない♪
(以下、略)
って、全然違うやん!だいたい「ハレルヤ」って「主を褒めたたえよ!」 ってことでしょ?!「恋のハレルヤ」って、てんで意味わかんねーや。 まったく俺サマの世代は滅茶苦茶な教育を受けて育っちまったな。
明日の晩から城崎代数幾何学シンポジウムに出張。シンポジウムは 今日から始まってるんだけど、今日の会議はサボれないこともあって、 結局明後日の朝からの参加となる。もっとも、宿泊は他の数学者数名と 相部屋という、俺サマ的には地獄の特訓みたいなもの。だから4泊は 無理で、2泊に減らしてちょうど良かったと言うべきか。
温泉街の昔ながらの旅館に泊まるので、日誌の更新はなし。 次回更新は金曜日の深夜以降。
2012年10月22日(月)
<<時代祭>>
午前中は科研費申請書について事務から駄目出しメールが届き、
その分析をして問合せメールを出したりしているうちに昼になる。
それから近所のスーパーに買い出しに出て、帰宅後に京大へ。
京大に向かう途中、東山三条駅前が大変なことになっていて、 何事かと思ったら時代祭の行列が通るのだとか。西洋人の観光客も いつもよりも多く、バスは行き先によってはぎゅう詰めの超満員だった。 そういえば俺サマは、学生時代の5年間と京都に戻ってきてからの 21年間の間に、一度も祇園祭も葵祭も時代祭も見たことがないな。 まあ、特に見たいとも思わないけど。
俺サマの乗ったバスは特に込んでもおらず、無事百万遍に到着。 京大北部生協で遅めの昼食の後、数理研へ。猫は毛布にくるまって 寝ていたが、目を半分開いているので、「どうしたんだ?死んでるん じゃないだろうな」と少し突っついてみたら、むくっと起き上がって クシャミを2、3回して、また寝てしまった。こいつ風邪でもひいてる のか?
図書室に籠って2時間ほど数学。夕方、「またしばらく来れないけど、 元気でな」と猫に挨拶して数理研を発ち、ゼスト御池のスーパーで安い 赤ワインと白ワインを買って帰宅。「成城石井で一番売れてる美味しい ワイン」だと?美味くなかったら成城石井も大したことないなって話 になるぞ。まあ、スーパーだし、そう責めてもしょうがないか。 前に明治屋の店員が「これが一番売れてます。お勧めです」 と言ってたワインは大して美味くなかったから、一番売れてるものが 美味いとは限らないしな。
俺サマのように、日々安いワインばかり飲んでいると、たまに上等 のワインを飲ませてもらった時に、すぐに美味いと分かる。
夕食後はラクトスポーツプラザへ。今日は楽しいZUMBAと筋トレ。 帰宅後、少しだけ数学。
2012年10月21日(日)
<<無理しない>>
また「あのシリーズ」の瞬間的復活である。J.S.バッハのモテット集。
バッハが書いたモテットは6曲しかなく、うち1曲は偽物ではないかと
疑われているらしい。
モテットというのは、宗教的な合唱曲らしく、 バッハの時代は葬式などに歌われたとか。どうりで、
...
Und sage, Welt, zu guter Nacht. (しかして言わん、世よ、さらばと)
Eilt gleich mein Lebenslauf zu Ende.(わが生の歩み終わりに向かい急ぐとも)
Ist doch der Geist wohl angebracht.(わが霊は住処を得て安けし)
...
みたいなシケた歌詞が多い。もうちょっと、「ああ!私は神様の恵みの 中で生かされて、シ・ア・ワ・セ♪」みたいな歌はないのか?というと、 そういうのもチラホラ混じっている。
JEUGIAさんでスウェーデンの教会合唱団の録音を聴いて、 毎日教会に通っていたオスナブリュック時代を思い出して 「いいなあ」と思ったのだが、そのCDはちょっと高かったので、 安い方のこれにした。
オスナブリュックに居た時に、すっかり教会遊びにハマってしまって、 それが嵩じて30年ぶりかに水彩画で教会の絵を描きだしたり、教会音楽 に興味を持つようになったりと、楽しい思い出が一杯である。その一方で、 数学者嫌いが激しくなってしまったのも、あの頃だな。まあ、前々から 数学者というのは、どうもいけすかない人種だとは思ってたのだが、 いくつかの小さな出来事が切欠になって、「もう、こんな連中と 無理して付き合うこともないや」みたいに思うようになったようだ。
若い頃は、これからの長い職業生活のことを思うと、後あとどんな風に 自分に関わってくるか知れたものではないから、多少無理してでもコレを やっとかないといけないかな?みたいことがあった。しかしオッサンになると、 そんな風には考えない。人づき合いでも、「こいつはどうせ俺サマのことを 馬鹿だと思ってんだろうから、こんな奴に媚売ってもしょうがねーな。 ギロリ!一発だけで無視しておこう」みたいに考える。だから、会いたく ない人間には会わないし、喋りたくない人間とは喋らないし、それはそれで 実に気分が楽である。ああ、最近何だか自由でいいなあ、と。こうやってして、 やりたい放題で傍若無人の憎たらしいオッサンが出来あがっていくのである。
本日、京都新聞日曜版の2つのパズルを午前中に速攻でやっつけて、 数学。夕方頃、散歩がてらに街に出て、JEUGIA三条本店、Angers 河原町三条本店、Zest御池の新しいスーパーマーケットを偵察飛行。 上記CDを購入し、エスカレータの前のオジサンが加齢臭を漂わせていたので、 短時間ではあるが、密かにクンクンと尾行。Zest御池では、京都の地ビール フェアをやっていたが、俺サマは「ビールなんか飲んでもオシッコが出るだけ じゃねーか?!」とそのまま通過。
帰宅して夕食後も、すこし数学。
2012年10月20日(土)
<<ちょっとナーバス>>
アンチュチュの日。早起きして10時前にアンチュチュへ。
10時から12時半過ぎまでフランス語の授業。そういえば、俺サマは
10時の開始に間に合わそうと結構必死に頑張るのだが、年配女性の生徒
たちは毎回30分ぐらい平気で遅れてくる。中には必ず30分ぐらい遅れて
くる人も居る。まあ、女性は出掛ける前にやることが多いからね、とは言う
ものの。。。
昼食はサラダバーがしょぼい京大中央生協食堂。昼食の後も、 夕方の寺子屋の時間までコーヒーを飲んだりしながら、食堂で数学。 今、クリスタリン・コホモロジーの講義録を読んでて、よくわからない部分 に差し掛かって四苦八苦しているので、流石に人格温厚でもって鳴る (?!)俺サマもちょっとナーバスに。
俺サマの席の近くで、理系学部の高回生とおぼしき学生が、昼食を とっている先輩らしき学生に色々身の上相談のような雑談のようなことを 延々と話していた。何だかんだ話して1、2分毎に甲高い声でギャハハと笑う。 これを延々と機械のように規則的に繰り返していた。お前はラヴェルかよ!?と (「スイスの時計屋さん」ってドビュッシーに冷やかされた、あのラヴェルね)。 まあ、何でもいいんだけど、男の子の笑い声というのは声量が多いせいか、 耳障りだ。
そもそも俺サマは、自分で何か話して自分で笑い飛ばす人間は嫌いである。 人間、他人サマから笑いを取ってナンボであって、自分から先に笑ってどうする んだ?と。笑いを取る自信がないので、自分から笑って誤魔化そうとする、 その根性が卑しい。そういう、ある種の敗北主義者を相手にするときの俺サマ って、たぶん「お前、何が可笑しいだ?馬鹿じゃねーか?」って顔して見下 してるんだろなと思う。いや、普段あまり人と話しないから、よくわかんないけど、 きっとそうなると思う。
だんだん腹が立ってきたので、別の席に移動。
次の席に移ったら、今度は爺の話声が聞こえてきた。生協ルネ食堂 の頃から毎日のように来ている爺さんだ。以前は一人で飯を食って、食後も 食堂の中でぼんやりとすごしている人だったが、最近は話し相手の爺さんができた らしく、この中央食堂でよく一緒に居る。京大生協は一般に開放されているから、 そういう、暇を持て余している爺さん婆さんが沢山来ている。どちらかというと 爺さんの方が多い。婆さんというのは、体が元気なら、友達作ってあちこち遊び 歩く傾向があるから、生協食堂でぼんやり一日すごすなんてことはしない。
それにしてもこの爺さん、昼食の後、2時間でも3時間でもずうっと喋りっ 放しである。何を喋っているかというと、まあ、要するに、今自分の頭の中の思 い浮かんでることを全部そのまま喋っているって感じである。計算機用語で昔 「コア・ダンプ」という言葉があって、その用語は今でも使われているかどう かは知らないが、何かのエラーが起こってCPUで処理中だったデータを ゲロゲロっとそのまま吐きだす。まあ、そんな感じである。それを聞いている 爺さんも爺さんだが、まあ、いいコンビだわな。
年寄りは耳が遠いから、大きな声でどうでもいいような話を何時間でも 話す。これもまた、男の子の笑い声に負けず劣らず五月蠅い。それに、 大体、自分が考えていることなんて大したことではないのに、 他人サマを相手に、「自分はこう思う」と延々と喋りたがる根性が嫌いである。 お前がそう思うからどうだってんだい?てめえの考えがナンボのもんやっちゅうんや? と。
まあ、歳を取ってその辺の自制心が緩んでるのかもしれないが、 何時間も他人サマ相手に喋り続ける元気があるなら、パソコンでも習って、 ブログでこっそり好き勝手書いてろ!この俺サマみたいにな。
それに、だ。この際言っておくと、常に自分の碌でもない考えを他人の前で 表明しないといけないドイツだかフランスだかアメリカだの社会なんて、全く もって糞食らえ!だ。何であいつらは、そんな野蛮な世界を形成してるんだ? って、こないだ寺子屋の先生に噛みついてみたけど、んなこと言われても、俺達 はそうなんだからしょうがないだろう?!みたいな反応だったな。ま、いいけどさ。
と、これまた、だんだん腹が立ってきたので、また別の席に移動。
そしたら、少し離れたところで、今度はサークルだか何だかの10人ぐらいの 男の子のグループが談笑していて、時々甲高い笑い声が響いてきた。 ったく、どうせ碌でもない事で大笑いしてるんだろうけど、 かえすがえすも男の子の笑い声ってのは何でこんなに五月蠅いんだ?
俺サマは、あまり本を読まない馬鹿人間だけど、昔読んだカミュの小説 の中で、街の映画館に出掛けていく男の子たちの集団 が、妙に高ぶった調子で談笑してて、時折激しく笑っている (ils rient tres fortとか書いてあったと思う)というのを思い出して、 「ああ、アレだな」と思った。どこの国でも、いつの時代でも、男の子 ってのは、そういうもんなんだろう。
赤ん坊はギャーギャー五月蠅いし、小さな男の子は無駄にキンキン 声出し騒ぐし、大学生ぐらいの男の子は笑い声が五月蠅いし、それが オッサンになると、またああだこうだぐちゃぐちゃ講釈垂れたり 唸ったりと色々五月蠅いし、それがさらに爺になると、声もデカく話 もクドくなる。まさに、騒ぎ続ける男の一生だな。
まったく、どこに移動しても、若い男や爺の大声に悩まされるのかよ?!と 凹んでいたのだが、そのうち男の子たちのグループは帰ってしまった。 やれやれと思ったが、間もなく俺サマもその場を離れなければならない 時刻になった。
俺サマが中央生協食堂を立ち去る時、最初の「2、3分身の上話、そして 自分から大笑い」の規則運動を繰り返していたラヴェル君は、 既に居なくなっていた。しかし、コアダンプ爺さんは相変わらず同じような話を延々と 続けていた。
アンチュチュに立ち寄って少し時間調整の後、16時40分から 寺子屋にてドイツ語の授業を受ける。18時10分過ぎに終了。 帰りは荒神口からバスに乗ったが、何と!例のロードランナー逆走男が、 猛禽類のような鋭く不敵な視線をあちこちに飛ばしながらバス停に居て、 俺サマと同じバスに乗った。奴は山科の人間なので、俺サマと同じく 京都市役所前駅で地下鉄に乗り換えた。
徹底追跡をして、奴の住処を突きとめようかとも 思ったが、腹が減ってきて早く帰って夕食を食べたかったし、 以前、ラクト山科に常駐している 「あーあ、何にもすることがないなあ」爺さんを尾行して 住処を突きとめた時もそうだったけど、 奴の住処を見つけてもどうなるものでもないしと思ったので、 尾行は早々と切り上げた。
帰宅して夕食。何だか今日は疲れたので、いつもよりもワインを 沢山飲み、いい気分。酔いをさましてから、少し数学。
2012年10月19日(金)
<<来年度の卒研>>
昼過ぎまで自宅にて野暮用と数学、さらに来年度の卒研生(予定)との
メールのやりとりも少し。
来年度の卒研も代数幾何学(AG)ゼミと代数学(A)ゼミ の2本立てになりそうだ。今年のAGゼミは教員志望学生のチームだが、 来年度は大学院進学希望者チームになり、内容も代数的なアプローチ と複素幾何学的なアプロ―チの両方取り上げることになりそう。 また、今年のAゼミは可換環論、ガロア理論、数論の3グループ 混成部隊だったが、来年度はガロア理論一本になりそう。
ま、これで来年度のイメージは大体固まった。俺サマが2回生前期 の講義でさんざんガロア理論の前宣伝をしてたためか、授業で習う前から 「ガロア理論、ガロア理論」と言ってる学生が集まったようだ。 また、募集の時に数論色を一切出さなかったので、集まった学生の 指向性がうまい具合に揃う結果となったようだ。
院生E君が就活云々のためとかで、院ゼミは現在無期限休止状態。 そのため、午後はゆっくり出勤。遅めの昼食の後、14時40分から AG卒研ゼミ。今日は二次形式が対称行列で表されることと射影変換との関係。 引き続き16時10分からA卒研ゼミ。今日はイデアルを使って剰余環が 作れることと、楕円曲線が何故整数論の興味深い対象なのかを示す3つの例をやる。
帰宅して夕食の後、夜は明日のドイツ語の予習など。
2012年10月18日(木)
<<回転寿司>>
午前中は自宅で野暮用と少し数学、さらに近所のスーパーにひとっ走り
行ってきて、少し買い物。12時半頃に自宅を出て、衣笠キャンパスへ。
時計台下の生協食堂で遅めの昼食の後、同じ建物の法学部非常勤講師控室で
20円レギュラーコーヒーを飲みながらしばし数学。英語の先生達が集まって、
何やら来年度からの新しい教育プロジェクトについて、熱心に話し合っていた。
14時40分から16時10分まで、文系一般教養科目「数理の世界」 の講義。今日はまず実数について。有理数は2つの整数によって完全に記述できるが、 無理数は有理数列の極限としてしか捉えることができず、その意味では 今だに何だかよくわからない数だということを話し、次に複素数の話に入る。 (複素数係数の)方程式の解になる数を全部集めてくると、複素数全体の集合 になるという、代数学の基本定理の話をする。次回は複素平面の話をする予定。
引き続き、16時20分から17時50分まで、文系一般教養「情報の数理」 の講義。今日はまたミニマックス原理の復習をして、max min がmin maxよりも一般に 小さくなることを、簡単な例の場合について証明し、本当に小さくなる例として ジャンケンゲームを考察する。次回から「シャーロックホームズの最後の事件」問題 に入る予定。
講義が終わって、18時過ぎに大学前からバスに乗って、18時40分過ぎに 京都市役所前に到着。夕食は回転寿司にしたかったのだが、先週は満席だったので 蕎麦屋にした。今日はどうかと思って、恐る恐る行ってみたら、今日はすいていた。 で、夕食は寿司。
それから地下鉄で山科に移動し、20時からラクトスポーツプラザで 骨盤矯正ヨガ。その後、有酸素運動を30分ちょっとやってから帰宅。
2012年10月17日(水)
<<雷を落とす>>
午前中にすこし講義の準備をして、昼前に大学へ。生協コンビニで
昼食用のパンなどを買ってから、研究室で昼食をとりながら、来年度
の卒研ゼミの予定学生にメールを出したり、来年度の卒研の構想を練ったり。
13時より14時30分まで、2回生「代数学序論II」。今日は 群の準同型写像の基本性質として、像が部分群であること、核が正規 部分群であること、核が自明であることと準同型が単射であることが 同値であることを証明する。
引き続き14時40分から16時10分まで、1回生「特殊講義I」。 今日はガロア理論と代数学の基本定理の関係についての一般的な注意 を述べて、一般の円分方程式の例を説明した後、ガロア理論のサワリ として、3次対称群をガロア群としてもつ3次方程式の例の話。
前回、3次と4次方程式の解の公式を黒板に書き下した 時もそうだったが、このガロア群の例は結構学生の反応は良かった。 次回最終回は多変数連立方程式の話、すなわち 代数幾何学の話をすると予告して終わる。
やはり出席を取る授業は、心掛けの良くない学生も混じっていて、 講義終了の3分ほど前から「さあ、終った!」という感じでざわつき 始めたので、雷を落としてやった。
大学の講義で出席を取ると、出席点だけを目当てに90分間 退屈さを堪えるのが精いっぱいの学生を教室に入れることになり、 彼らが授業中に他の学生を妨害するのを防ぐ手立てを講じる必要が 出てくる。勿論、雷を落とすのはその為である。
ならば、出席を取らなければいいではないかという話になるが、 まあ、それが「特殊講義」の特殊たる所以で、俺サマが決めた ことではないので、どうにもならんのだ。
あと、大学にはレポートというものがある。俺サマは、他大学の 集中講義の時だけ諸般の事情によりレポート試験にしているが、 それ以外では決してやらない。大学生に写経の練習をさせて何になるのか、 よくわからないし、むしろ著作権意識の低下を助長するだけで、害の方が 大きいのではないかと考えている。
最近は丸写し検出ソフトなるものが出回ってて、それでも精度は100% ではないので、色々苦労しているようだが、それは全くナンセンスな 話である。レポート課題を出した時点で既に、教師がどう考えていようと、 大多数の学生にとっては、「その辺の本でも、友人のレポートでも、何でも 丸写ししておきなさい」と言われたのと同じなんだから。
16時30分より18時30分頃まで、学科会議。今日のメインは 来年度の科目担当。色々不吉な予想もしていたが、まあ、何となく無難な 線に収まった。
研究室で少し雑用をしてから大学を発ち、南草津駅前で夕食、山科 駅前のスーパーで買い物をしてから帰宅。
2012年10月16日(火)
<<教授会>>
午前中は自宅で野暮用と数学。午後になって出勤。まずは生協食堂で
遅めの昼食の後、研究室にて、11月の徳島出張のホテルの予約、
卒研アルバムの写真撮影の日程調整ファックス送付、卒研の学生の
出席状況の確認等等の雑用をごぞごぞやっているうちに
16時30分の教授会の時間になる。今日の教授会は、学部長選挙の
中間選挙、色々な形式的議題の後にドンと重い議題。19時10分頃
に終了。すぐに大学を発ち、ラクト山科で夕食の後、21時過ぎに帰宅。