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す。

2013年9月15日(日)
<<家具職人の同級生と会う>>
台風が近づいて雨模様。雨は五月蠅いが、気温が下がってすごしやすい。 午前中は京都新聞日曜版の2つのパズルを速攻攻略。それから少し数学。

午後は街に出る。まずは烏丸四条の大丸で財布とハンカチを買った。 今持っている財布は20年ぐらいは使っていて、特にどこも痛んでないの だが、見るからにかなりくたびれた感じになっているので、暇をやろうかと。

大丸の中の喫茶店で少し休んでから、近くの店をちょっと偵察して、今度 は高島屋に。高校時代の同級生が今夫婦で家具職人をしていて、今 高島屋で展示会をやっているというので、ちょっと顔を出してみた。 この男とは高校時代に同じクラスになったことはないし、2,3回ぐらい 言葉を交わした覚えはあるが、それっきりだった。しかし、最近フェースブックで 再会した。写真で見ると高校時代とは全く別人の「どっかのオッサン」だったが、実際 会って話してみると、昔の面影が蘇った。ああ、そういえば、 こいつ、こんな感じの奴だったな、と。

他のお客さんとの対応もあったので、俺サマともちょっとの 間話しただけだが、高校卒業後の足取りや今の仕事のことを実に 見事に屈託なく話してみせるので、こちらも気持ちがほぐれ、また、 何かあったらこの男に家具を注文しようかなという気になった。 ああ、この男、大学を卒業後、自由に生きてるようなことを 言ってたけど、職人としての腕ばかりではなく、優れた営業の才覚も持ち合わせてて、 だからこそ今こうやってちゃんとやってられるんだなと思った。

この男に比べたら、俺サマなんざ首から「俺サマは猜疑心の塊だぞ!」という看板 をぶら下げて街を歩いているようなもので、そんなの19、20歳の若造じゃああるまいに、50過ぎのオッサンがやっててどうするんだ?と。

いや、前はそうでもなくて数学業界に戻ってからそうなったんだけど、最初は 数学者向けの顔だったのが、いつのまにかそれが普通になってきた。数学業界 恐るべしである。いや、馬鹿が無理して数学業界にしがみついてるから、こう なったんだろうけどね。

それにしても長い事生きてきて、その間にもうちょっと何とかならなかったの かと思うが、まあ、実際何ともならなかったのだから、しょうがないのである。 「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ 花を買ひ来て 妻としたしむ」って、 まあ、そこまで大袈裟ではないが、俺サマのこの馬鹿馬鹿しい半生は一体 何だったのかと、ちょっと考えてしまった。まあ、普段あまり会うことの ないタイプの人間に会うのは、結構刺激的だな。

大丸ラクト山科店で、今月のおススメ赤ワインを1本と酒のつまみを買って 帰宅して夕食。夜は例の論文レビューの文面を少し修正してメールで提出。 これでひと区切りついた。それ以外は、来年度の卒研案内文を完成させて 係の先生にメールで送ったり、「異邦人」を読んだりして、夜の数学は 本日お休み。

2013年9月14日(土)
<<「異邦人」の朗読CDを借りる>>
アンチュチュの日。早起きして10時から12時半までフランス語 の授業を受ける。フランス語の聞き取りがなかなか上達しないな。まあ、 授業以外でフランス語を聞く努力を全然してないから、しょうがないか。 などと考えながら休憩時間に図書室をぶらぶらしてたら、 カミュ自身による「異邦人」の朗読CDがあったので、早速 借り出した。このCDは人気があって、常に貸出中だと聞いたことが あるから、なかなかタイミングがよろしい。

昼食は京大ルネ食堂。そう言えば、耐震補強工事以前にここで一人 で半日潰していて、耐震工事中は中央生協食堂に居つき、相棒の爺さん とくっついたり離れたりしてた、声のデカい爺さんはどうなったのかと、 食堂内をくまなく偵察飛行したが、見当たらなかった。

ラクトスポーツプラザに来てる「強い爺さん」も、最近あまり見掛け なくなった。単に来る時間帯が変わっただけかもしれないが、 もうかなりの年みたいだし、色々ありそうだな。

生協自販機コーヒーを飲んでから、アンチュチュの図書室に籠って 今日の復習と宿題を片付ける。夕方の早い時間に終わったので、 そのまま大丸ラクト山科店で、ブルゴーニュの白ワインを1本 買って帰宅。夕食の後、すこし数学をやったり、今日借りてきたCD を聞く。

2013年9月13日(金)
<<帰りは農学部前からバスに乗る>>
とうとう熱帯夜がやってきた。昼間もムンムンに暑かった。 誰だ?「五山送り火が終わったら気分はもう秋」とか「年を取ったせいか、 そんなに暑さは感じない」みたいなボケかましてたのは。。。 って、自分やん(泣)!?

今日も午前中は自宅で数学、午後は京大生協ルネで昼食。 今日こそはダイエットメニュー。小銭をあまり持ち合わせていなかったので、 食後の生協自販機コーヒーはレギュラーではなくインスタントで。

それから京大数理研へ。猫はソファーの上で爆睡していた。地べたに 寝そべってないところをみると、そう暑いとは思ってないのか。 図書室に行くと、オジサン風深呼吸のお兄さんが今日も頑張っていた。 夕方、帰り際にまた猫の所に寄ったが、俺サマが最初来た時と 同じ方向を向いて寝ていた。じゃあ、寝がえりは偶数回ね。

研究集会も終わったようなので、今日は農学部前から17番の バスに乗ったのだが、上手い具合いに座れた。数理研からは農学部前の バス停が一番近いが、ここだと17番のバスしかないし、下手をすると バス停で数学者と一緒になったりする。しかし百万遍のバス停に すると、17番以外に3番のバスもあるし、バス停で数学者とかちあう 確率がぐんと低くなる。

とは言え、実は昨日だったか、百万遍のバス停にまさかの数学者X氏が 現れた。研究集会などでしょっちゅう顔を合わせているが、向うは俺サマの ことを知らない。しかしX氏が向うからやってきた時、俺サマは思わず死んだフリ したな。で、薄目を開けて様子を見てたら、3番でも17番でもないバスに さっさと乗って行った。 まあ、たまにはこういうこともあるが、概して 百万遍のバス停の方が開放的な雰囲気な上に安全である。

それにしても、向うは俺サマのことを全然知らないのだから、別に死んだフリ なんかしなくても、「こいつ、どこのオッサンや?」みたいな感じで知らん顔 してれば良いようなものだが。何故死んだフリするのかというと、俺サマにも よくわからない。単に数学者をゴキブリのように忌み嫌っているだけかもしれないけど。

大丸ラクト山科店で今月のお勧めワインの赤を1本買って帰宅。夕食の あと、夜はしばし数学。接続と曲率の代数的な扱いで、基本的なことの証明 が分からず、ここ1日2日唸っていたのだが、ようやく型がついた。 やれやれ、なかなか良い勉強になったなって感じ。これは くだんの論文レビューの話と関連しており、レビューの提出はこの辺の 勉強が一段落するまで、もう少し延期する予定。

2013年9月12日(木)
<<今日も数理研、帰りは夕立>>
日増しに暑くなってくる。このままどんどん夏になっていくのだろうか。 今年の夏は暑くなりそうだな、とか。午前中は自宅で数学。それから、昨日 の日誌に書いた「生物物理学教室」のことが気になって、Webのページを覗いてみた。 生物学には植物学とか動物学のような、植物や動物まるごとを扱うマクロな生物学と、 遺伝子とか細胞とか分子のレベルのことを研究するミクロな生物学があるようだが、 「生物物理学教室」というのはミクロな生物学全般を扱っているようで、まあ、 普通の現代的な生物学って感じだった。学生時代の俺サマが勝手に思い込んでいた キワモノ的なイメージとはかなり違ってた。

午後は京大へ。まずは生協ルネ食堂で遅めの昼食。ダイエットメニューにした 積もりが、最後に小さなポテトサラダの小鉢を取ったのが間違いで、 普通のカロリー数に近くなってしまった。

昼食後、生協自販機珈琲を飲みながら、 京大数理研へ。猫はソファーで爆睡していた。この猫は時々むくっと起きて、 ちょっと伸びをしたり顔を洗うような素振りをしてから、逆方向を向いて また寝てしまう。一種の寝返りだな。行きも帰りも寝てばかり居るけど、 行きと帰りでは頭と足が逆方向に変わってたりするので、「ああ、少なくとも 奇数回寝返りを打ったんだな」と分かる。

「また寄るからな」と寝ている猫に挨拶してから、 図書室に籠もり、しばし数学。最近よく図書室にいる大学院風の若い 男が、「むふううううううううううーん」という、 詰めていた息を一気に吐き出すような音をちょくちょく出している。

これはオジサンに広く確認される奇癖である。すなわち、 ある種のオジサンは暇になると、 たぶん無意識にだろうが、深呼吸して息を止め、しばらく我慢してから 一気に吐き出し「むふううううううううーん」という音を出すという 不思議な行動を繰り返す習性を持っているのである。

別にそれが耳障りとか不快と かいうのではないが、 何故ああいう奇妙なことをやるのか、俺サマとしては不思議でならない。 それを数理研の若いお兄ちゃんがやってるので、ちょっと驚いたってわけ。 まだ20代みたいだけど、中身はもうオッサン化してるのかな、可哀想に、と。 ま、人のことはどうでもいいけど。

数理研の帰りも、いつの間にか逆方向になって爆睡している猫に挨拶。 今日も研究集会をやっているようだったので、百万遍からのバスは 数学者を沢山乗せているであろう17番は流して、その次の3番に乗った。 出町柳のあたりから突然猛烈な夕立になったが、京都市役所前で降りたとき にはすこし小ぶりになっていた。そして地下鉄に乗り換えて山科駅で降りたときには、 もう雨は上がっていた。

帰宅して夕食の後、ラクトスポーツプラザへ。今日は骨盤矯正ヨガの はずだったが、インストラクターとスポーツプラザの間で何らかの 連絡の行き違いがあったらしく、レッスンスタジオに現れたのは 代講のインストラクターだった。中身がヨガとは違うみたいなので、 急遽スタジオレッスンをキャンセル。折りしもダイエットモードなので、 有酸素運動をいつのも倍ぐらいやって、月曜日に十分できなかった 筋トレもすこし行う。

2013年9月11日(水)
<<数理研へ、しかし猫には会えず>>
今日も晴天。気温はますます高めで湿度は昨日と同じぐらいか。まだ秋は 遠いかなって感じ。午前中は自宅で来年度の卒研案内の文面を練り直す。 代数幾何学がどんな学問かを、高校数学との関連を踏まえてチマチマと説明 してみた。毎年めぐってくるこの仕事は、ちょっとばかし憂鬱である。

午後は京大へ。ルネ食堂にてダイエットメニューの昼食の後、 生協自販機珈琲を飲みながら数理研に向かう。途中、京大総合体育館 の脇を通っていったが、窓から覗いてみると、体育会の卓球部の連中が、 俺サマが入部した36年前と同じフロアで、当時と同じように練習して いるのが見えた。俺サマは体育会で先輩に平気でため口をきく「大物新人」 だったが、会計係と喧嘩して部室を飛び出し、そのまま36年が経過 している。

それから理学部の構内を通って数理研に行くのだが、生物物理学教室 という看板が目に入った。俺サマが大学に入学した頃は生物物理学が ちょっと花形で、カエルの足の筋肉に電気を通してその痙攣するさまを 計測したりして、そんな研究に何の意味があるのか知らないが、 こういう学際領域がこれから大きく発展するかもしれないという雰囲気だった。 それでこの分野がその後どうなったのか知らない。昨今の生物学というと、 素人目には遺伝子がどうのとかいうのが大盛況で、コンピュータを使って 遺伝子の構造を解析したり、遺伝子そのものを操作したりといった 話をよく耳にするが、物理学との学際領域 というのはあまり聞かない。

そういえば、会社員になったばかりの頃は、某国立研究所で生体コンピューター を研究している人がいるというので、ちょっと話題になっていた。槍イカの神経は 直径1ミリぐらいあって太くて扱いやすいので、それを使って生物の神経系が どういう風に情報を伝えているのか解明し、将来的には生物素子の 開発を目指すとかいう話だったと思う。しかしその後どうなったのかは知らないが、 素人目には、その後すこし脚光を浴びた光素子の研究も下火になって、最近は 量子素子だとか言ってるみたいに思える。

それにしても、大学の学部学生ぐらいだと、その時々の花形に目を奪われ て影響を受けることが多いと思うが、それは勿論年寄り連中とは違った受け止め 方にちがいない。年寄りは「昔こういうのも流行ったし、それからこうのもあったけな。 で、今はこれが流行りか」という風に相対化して捉えるが、若い人は目の前の ものが全てという感じになる。物の見え方が全然違う。だからたとえば、卒研説明会 などで一所懸命説明しても、その説明が学生たちにどう受け止められているのかは 「まったくの謎」と考えたほうがよいし、学生というのはいつの時代も瓢箪から 駒のびっくり箱的存在なのだ、と。

まあ、そんなことを考えているうちに数理研に到着し、猫、、、と思ったが 奴の住処にはまた誰かいるみたいだったのでパスして図書室に直行。夕方まで 数学。数理研では研究集会ラッシュで、俺サマがざっと見ただけでも3つの 研究集会が同時進行していた。

帰りにも猫のところに寄ったが、土間にどたっと寝っ転がってる姿 が見えたのだが、同時に院生か誰かが居る気配もあったので、そのままパスして帰る。

百万遍から乗った帰りの17番のバスはやけに込んでいた。というのも、 これは京大農学部前で数理研の研究集会帰りの人を大量に乗せてきたから。 その中によく数理研図書室で見掛けるオジサンもいた。ちょっと前に、 図書室の中で独り言があまりにうるさいので、業を煮やした俺サマは、 優雅ではあるが考えようによっては露骨に喧嘩を売ってるような荒業を使って この男を「躾けた」。数学者には禄でもない人間が多いが、大抵の場合馬鹿で はないので、この男の場合も比較的短時間に「躾ける」ことができると踏んだ。 その読みは結果的には正しかった。この男、バスの車中では研究仲間とおぼしき人 たちとやけに楽しそうに話をしていた。数学研究してて、数学者と楽しく話ができる なんて、結構なことではないか。

山科区内で色々買い物をしてから帰宅して夕食。夜はまた数学。 昨日書き上げた論文レビューの草稿を全面的に書き直す。 俺サマの研究に関係することが色々勉強できる良い仕事だった。 レビューはこれでたぶん提出できると思うけど、もう一晩寝かしておく。

2013年9月10日(火)
<<床屋の後、京大数学科図書室へ>>
今日も晴天。気温も湿度も昨日よりやや高めかなって 感じ。午前中は自宅で野暮用とすこしばかり数学。

午後はラクト山科の床屋へ行ってから、京大ルネ食堂へ。何となく 昨日とまったく同じダイエットメニューになってしまったので、 写真を撮って後でフェースブックにUPした。

昼食の後、生協自販機珈琲を飲んでから、理学部数学科の図書室へ。 数理研図書室で貸し出し中になっていた本が、ここでは読めると聞いたので。 夕方の閉館時間まで籠もり、そのあと数理研の方にも行ってみて、猫の 様子を偵察。昨日はずっと不在だったが、今日はまたぞろソファーの 上で爆睡していた。これも写真を撮って、後でフェースブックにUP.

それから京大を発ち、まっすぐ帰宅して夕食。夜は論文のレビュー の下書きを書き上げる。まあ、今回は色々勉強しながらレビューを書いて いるわけだが、まだ、もうちょっと自信がないので、明日もう一日 この作業に時間を掛ける予定。

2013年9月9日(月)
<<久々に爽やかな一日>>
晴天で日中は割合気温が上がったものの、湿度が低くて爽やかな一日。 アメリカ数学会の論文レビューの仕事を片付けようと、午前中は その論文が扱っている、ベクトルバンドルの接続と曲率の話をちょっと 調べる。

午後は京大へ。俺サマは8月末に鰻三昧の2日間をすごしたが、それで 体重が1キロ増えて戻らない。たぶん鰻重の塩分によるむくみだと思うが、 昼食はまたしばらくダイエットモードにしようかと、サラダバーが 充実している京大ルネ食堂へ。ルネ食堂は、耐震工事後、妙に狭苦しく なったので、ずっと敬遠してた。天井も低くなって圧迫感があるのだが、 それを緩和しようと真っ白で照明も明るくしている。それがまた「真綿で 首を絞められるような」圧迫感を生み出している。まあ、目標体重に達 するまでの辛抱だと思って、しばらく通うことにする。

昼食の後、数理研へ。まずは猫を訪ねたが、居ない。天気が良くて気持ち いいので、どこかに散歩に出掛けたのか、あるいは、裏の植物園の物陰で 居眠りしているのか。猫は帰りに立ち寄ったときにも居なかった。

数理研図書室で夕方まで論文レビューの仕事。まあ、俺サマとしては なかなか興味深い論文で、一通りのアイディアぐらいは押さえておきたい のだが、俺サマが知らない概念や用語が色々出てくるので、なかなか梃子摺る。

夕方すこし早めに数理研を出て、JEUGIA三条本店で昨日から狙っていた CDを購入。もう「あのシリーズ」はフェースブックに移行したので、ここでは 詳しく書かないが、バロックリュートの曲を集めた激安CDと、 ベートーヴェンの交響曲の1番と7番をリストがピアノ用にアレンジした もののCD. 既に交響曲の2番と6番のピアノ編曲版のCDを持っているが、 その姉妹編CDで、ジャケットのデザインもよく似ている。

それから大丸ラクト山科店で今月のお勧めワインの赤を1本買って、 ジューススタンドでマンゴーレンジジュースを飲んでから帰宅して夕食。 夜はラクトスポーツプラザ。今日は楽しいZUMBAと筋トレをすこし、 さらにダイエットモードということで、有酸素運動を20分程度追加。

2013年9月8日(日)
<<梅田研究集会最終日>>
梅田研究集会最終日。早起きして午前中の講演を2つ聞き、13時前に解散。

研究集会を土日にまたがって開催するのは、最近流行の流儀である。 文科省の指導で開講期間中の大学教員の研究出張が厳しく制限されるようになり、 開催日程を大学の授業がない土日にまたがらせて、できるだけ多くの研究者が 参加しやすいようにしているのである。しかしながら、たとえばRitsでは土曜日 の多くは補講日に設定されてるので、俺サマなどは研究集会の土日開催は特に嬉 しくも何ともない。

それにしても夏休み期間の今、なぜ土日に研究集会をやることにしたのか は、謎である。たぶん主催者側の何らかの都合があったのだろうが、 すくなくとも梅田近辺の土日の研究集会 というのは、あまり良いものではない。 近辺の手ごろな飲食店や喫茶店は軒並み 満員御礼状態が続き、昼休みの昼食や食後の珈琲も行く場所がない。 昨日のSbuxは満員で全然入れなかったし、今日は集会が終わって帰りに 近辺で昼食をと思っても、割高で客があまり寄り付かないような店以外は、 どこも店の前で並ばないと入れない状態。

俺サマは飯を食うのに並んで待つなんて、そんな惨めで貧しいことが できるかと思うクチだが、腹が減ってしょうがなかったので、 割高な店で百万遍近辺なら半額以下の値段で食べら れるような昼食で豪遊した。それもこれも、一番聞きたい講演が日曜日 の今日に設定されてたのだから、仕方あるまい。

昼食を済ませ、阪急電車で河原町まで戻り、それから上島珈琲寺町店に入り、 梅田では店が満席でありつけなかった午後の珈琲を楽しみながら、しばし数学。 上島珈琲では、若い女が連れの女に、付き合い始めたばかりか何かの 若い男の話をしていて、「あんな面倒くさい人だとは思わなかった」と その経緯を色々話していた。俺サマが思うに、若い男というのは大抵 面倒臭いものだ。爺になると、また違った意味でますます面倒臭くなるが。

彼女らが去った後、別の女二人連れが来て、今日はレジで子供が割り込み をしているのに注意しない困った母親に遭遇したが、「このごろの若い母親は ちゃんと子供をしつけられないのか」などと話していた。ふと見ると、そう論評 しているのは、おそらくその馬鹿母とあまり年が変わらないであろう若い女だっ たのが、ちょっと可笑しかった。

その後、Angers河原町三条本店、Zest地下街などをぶらぶら見て回ったりして、 夕方頃帰宅。夕食後、夜はドイツ語の勉強も兼ねてオンライン版シュピーゲルの 記事を1つ読んだり、フランス語の宿題を片付けたり。

2013年9月7日(土)
<<朝はアンチュチュ、午後は研究集会>>
アンチュチュの日。早起きして百万遍で10時から12時半までフランス語の 授業を受ける。

授業が終わって速攻でアンチュチュを出て、バスが来ないバス停で タクシーを拾って京都駅へ。道は混んでないのだが、あちこちで信号待ち で止められるので、なかなか進まない。しかし20分ほどで京都駅に着き、 切符を買って階段2段上りでホームにダッシュし、 ぎりぎり13時発の新快速に飛び乗る。

13時30分頃に大阪駅に到着。とりあえず研究集会会場ビルに 急ぎ、そこのSbuxで昼食をと思ったが、土曜日のせいか満員御礼。 その近くの珈琲ショップもやはり満員御礼。同じビルに入っているホテルの フロントでパンが売ってたので、それを買って集会会場のそばの 学生のたまり場みたいなところで昼食。食後トイレに行って用をたし、 歯も磨いて、すべて準備完了したところで、ちょうど14時からの講演が始まる。

午後は3つ講演があったが、2つだけ聞いて会場を出る。大阪駅は 平日よりも人が多かったが、何とか新快速で座って山科まで戻ってこれた。 帰宅して夕食の後、大学の雑用メールを書いてだし、それからすこし 数学。

そういえば朝のワイドショーで宮崎駿が「若い頃は1日12時間机の前に 座って仕事ができた。今は7時間が限界かな。それ以外にも打ち合わせとか 何だかんだやっているが、そういうのは私にとっては仕事の部類に入らない」 などと凄いことを言っていた。

大学受験生の頃、夏休みに1日12時間勉強 することを目標に頑張ったけど、11時間ちょっとが限界だったし、 大学教師は講義や会議や何だかんだがあるので、1日12時間数学をすることなど 不可能である。サバティカルの学期や夏休みなどの長期の休みでも、 1日数時間が限度じゃないかなあ。まあ、そう考えると宮崎駿ってのは怪物 なんだなと思う。

しかし、ハーディーやポアンカレなど、数学史に燦然と輝く有名数学者も、 1日に数学に集中していられるのは4時間が限度とか言ってたみたいだから、、 アニメと数学は違うのかもしれないけど。

2013年9月6日(金)
<<梅田研究集会2日目>>
今日もまずまずの秋晴れ。しばし野暮用の後に自宅を発ち、昼過ぎに大阪に到着。 梅田の地下街で昼食の後、研究集会は午後から参加。

集会会場に行ってみたら、当初の予定よりも午後の講演が全て10分後ろに ずらされていた。さらに午後2番目の講演者が5分延長し、最後の講演者が10分 も延長したので、終わりの時刻が合計25分遅くなっていた。 大阪発18時の新快速に乗りたかったのだが、 集会会場から駅まで急いで、ぎりぎり発車1分前に間に合った。

まあ、俺サマとしては講演の間の休憩時間を短くとって、予定時刻通りに 解散になる方が望ましい。しかし、一般に研究集会は休憩時間をできるだけ 長く取って、参加者同士の議論や情報交換、講演者への個別の質問の時間を 確保するようになっている。数学者嫌いの俺サマとしては、講演終了直後に会場を 飛び出してトイレに行き、そのままその辺のロビーで問題を考えたりして時間 を潰している。

18時半過ぎに山科に到着し、大丸ラクト山科 店で、今月のお勧めワインの赤を1本買って帰宅。夜は、大学の雑用関係のメール を書いて出し、それからすこしだけ数学。

2013年9月5日(木)
<<梅田の研究集会>>
大雨は去ったようで、秋晴れと言っても良いような天気。10月まで残暑 とか言ってたけど、ずいぶん涼しくなった。

早起きして大阪へ。梅田駅前にある某大学のサテライトキャンパスにて 今日から始まる研究集会に参加。

行きの新快速電車で、京都駅から乗り込んできて、ボックス席の 俺サマの前に座った 30代後半ぐらい女は、鼻が詰まっているのか、口を開けて呼吸をしており、 約30秒ごとに洟をズズーッとすすり上げ、それが大阪梅田駅までずっと続いていた。

(まあ、ここから先の文章は、食事中の人は映倫カットをお勧めします)

俺サマが子供の頃は、まだ日本全国「3丁目の夕日」がリアルで展開していた 時代で、自転車で偵察飛行すると、洟を垂らした子供がその辺に溢れかえって いた。男の子も女の子も鼻の下に洟を2本垂らしていて、 垂れた洟が乾燥してカサブタのようになったところに新たな洟が垂れている例も 数多く見出された。水洟のこともあるが、青洟と言ってすこし膿を含んだ 黄緑色の洟を垂らしている場合もあり、この場合は、かさぶたも黄緑色をしていた。 鼻をぶつけたり鼻くそをほじくっている間に鼻血を出す子も居て、その場合は 黄緑色に赤も混じって、極めておぞましい状態になっていた。

洟を垂らした子供たちは、今日の電車の中の30代女のように、 時々「ずずずーっと」洟をすすり上げていた。勿論「飲み込んでる」子供も いたと思う。服の袖で洟をぬぐってばかりいるので、服の袖がテカテカ光っている、 という話も俺サマよりももっと上の世代ではあったようだが、 俺サマの頃は稀だった。折りしも高度成長時代で、児童をとりまく経済状況もすこし ずつ良くなっていってて、「袖がテカテカ光る」前にこまめに洗濯されるようになっ ていたからだと思う。

洟垂れ児童の分布は学区によって多少違いがあり、俺サマの通っていた小学校の学区 はそれほどでもなかったが、隣の学区には水洟、青洟、黄洟なんでもござれとい う感じだったと思う。もっと凄い学区もあったかも知れないが、小学校低学年だった 俺サマが偵察飛行できる範囲では、そこまで調査はできなかった。

それで俺サマはどうだったかというと、当時は軽い蓄膿症を患っていたので よく洟が出てかんでいたが、当時は極端に神経質な子供だったので、 青洟2本垂らしの洟垂れ小僧の図は、自分に対しても他人に対しても 許せるわけがない。年中青洟を2本垂らして平気でいる奴には絶対近寄らないし、 幼稚園のお遊戯や運度会のフォークダンスで手をつなぐのも嫌!という調子だったと 思う。だいたい、年中青洟2本垂らしているような奴に限って、俺サマが 「汚ないなあ、洟かめ!」と言っても「んが?!」とか要領を得ないリアクション をするだけで、それが余計にむかつくのだった。

しかし、そうは言っても、俺サマ自身もそうそう頻繁に洟をかんでい たわけでもなく、今日の電車の中の女のように、「ずずーっ、ずずーっ」と 洟をすすることも多かった。まあ、洟をすする音に寛容なのは、 日本の文化なんでしょうな。

40歳を過ぎてドイツ語を学び始めると、ドイツ人は日本人が 「ずずーっ、ずずーっ」と洟をすするのが、背筋が寒くなるほど 気持ち悪くてしょうがなく、「何でそうなる前にかまないのか、 まったく不思議でならない!」と思っていることが分かった。

ドイツ人の間では、人前で洟をかむことは至極礼儀正しい態度であって、 むしろいつまでも「ずずーっ、ずずーっ」とすすっている方が 無礼千万だという。そういえば俺サマもドイツに滞在するたびに 注意深く観察しているが、洟をかんでいるドイツ人は頻繁に見掛けるが、 「ずずーっ、ずずーっ」とすすっているドイツ人は見たことがない。

俺サマもかれこれ10数年ドイツ語を勉強しているせいか、 ドイツ人の感覚が多少身についてしまって、今日の電車の中の女は どうにも気持ち悪くて我慢ならなかった。 こいつ、綺麗なべべ着て、キレイキレイに化粧して、iPadミニと スマホを使いこなして気取ってる暇があるんだったら、 まず洟をかめ!と。

他の席は空いてなかったので、 「ずずーっ、ずずーっ」という音がなるべく聞こえないように耳栓をし、 この女の鼻に10枚重ねの特大のティッシュを押し当てて、「ほら! 洟をかめ!『ふんっ』って踏ん張って、片方ずつちゃんとかめ!」と、 怒鳴り散らしている想像に思いをめぐらす。

空想は女の「ずずっー、ずずっー」という音とともに更に発展し、 「親にも『洟かめ!』と言われたことないのに、何でアンタにそんなこと 言われなきゃならないのよ!」と抵抗するその女を、 「うるさい!四の五の言わず、洟かめ!」とムチでしばき回したりしながら、 洟かみを強要しているイメージを何十回 と思い浮かべて憂さ晴らししているうちに大阪に到着。

電車を降りるときにふと見ると、この女は 妊婦だった。この女の子供も、洟垂らして「ずずっ、ずずっ」って やるんだろうな、これが日本文化伝承の現場なのだ。そして 俺サマは今、日本文化のリアルの中で生きているんだ。ああ、生きるって すばらしい!と実に感慨深かった。

午前中に2つ講演を聞く。昼休みは、 カレーを食べようかスパゲティーを食べようか迷っていたら、スパゲティーカレー を食べさせる店があったので、そこに入る。 なるほど、大阪というのはうまい具合にできてるものだ。

集会会場のあるビルのSbuxで食後の珈琲を飲んでから、午後はまた3つ 講演を聞く。久しぶりに数学者が沢山集まっているところに行って緊張したが、 講演中以外はほとんど死んだフリをして乗り切る。

帰りの新快速のボックス席でも、若い女たちに囲まれたが、幸い 鼻垂れ女は居なかった。ご機嫌気分で帰宅して、夕食の後、すこし数学。

2013年9月4日(水)
<<激しい雨の一日>>
台風が熱低に変わり、今日は終日あちこちで激しい雨を降らせていた。 俺サマの友人たちも、東京で帰宅難民になってカプセルホテルに泊まったり、 新幹線や近鉄電車で缶詰になったり、名古屋駅で代替バスに乗り換えたりと、 いろいろ大変だったようだ。

午前中は自宅で野暮用と数学。午後は百万遍に繰り出し、新福菜館で かなり遅めの昼食の後、京大数理研へ。まずは猫に挨拶。 もう涼しくなってきたので、土間や木箱の中ではなく、定位置である ソファーの上で寝ていた。それから数理研図書室でしばし数学。 夕方頃、いきなりどかーんと遠くに雷が落ち、その後もごろごろと。

数理研の帰り際に猫のところに寄ったら、ペット用の布団を被せて もらって、すやすやと昼寝していた。

大丸ラクト山科店で今月のおすすめワインの赤を1本買い、さらに山科区内 のスーパーで買い物をしてから帰宅して夕食。食後、しばらく テレビで鳥人間コンテストを見る。数年前にこの番組にパイロットと して出場して怪我をし、重い後遺症に苦しんだ末、訴訟を起こしている人も 居ると聞いたが、番組は今年も続いているようだ。

その後、夜は少し数学。

2013年9月3日(火)
<<35分の教授会>>
午前中は歯医者の定期検診。それから大学に出勤。 途中、山科区内で適当に昼食をとり、山科駅前Sbuxで食後の珈琲 を飲みながらしばし数学。

それやこれやで、15時頃にようやく出勤。数物学系事務で ちょっと気になっていたことを確認してから、自宅で当面不要に なった資料などを研究室に戻す。それから研究室のソファーに寝っ転 がって、しばし数学。

16時半から教授会。形式的な議題の後、何だかよくわからない アナウンスがあって、締めて35分で終了。 工学部の先生は、毎日勤勉に研究室(実験室)に出勤する人が 多いから、夏休み期間でも教授会に出ることにさして抵抗はない だろうし、「短時間で済んでよかった。 さあ、研究室に戻ろう」という感じだと思う。

しかし、これがもし文系の学部なら、大抵の先生は俺サマのように 教授会のためだけにわざわざ出勤するわけで、「35分の会議のために、 俺たちを呼び出したのか?」と学部長が吊るし上げを食うかも知れない。

まあ、それはともかく、あっと言う間に終わってしまった。

そういえば小学生の頃、夏休みの出校日というのがあった。 その日は校庭に集められて校長の退屈な話を聞き、 そのあと短時間のホームルームの時間があって解散といった 感じだったと思う。たぶん、生徒が元気でやっているかとか、 夏休みの宿題はちゃんとやってるかとか、そういうことを 担任の教師が確認するためにやっていたのだと思う。

まあ、そういう日に欠席する生徒は大体決まっているので、 担任としては、ああ、やっぱりあの生徒は来なかったな。しかし 他の生徒はちゃんと来て元気そうにしてたな。よろしい。 では、西部戦線に異状なし!ってな感じだったのだろうと思う。

今日の教授会も、まあ、そんな性質のものかも知れないが、 俺サマは元気にやってるし、日々せっせと研究に励んでいるので、 どうぞご心配なく。

帰り際、折角出勤したのだからと、研究室に置いてあった トポロジーの本を持ち出す。普遍被覆空間とか基本群とか、 学生の頃にやったけど、どうもその辺の記憶がおぼろげなため、 代数的基本群を勉強しててもしっくり来ない。 それで、もう一度さらっと復習しておこうか、と。

帰宅して夕食の後、また少し数学。

そういえばZUMBAは楽しくて良いのだが、そこで使われる音楽が 一日じゅう頭の中で渦巻いてるのには、ちょっと閉口する。ZUMBAのときは目一杯 踊りまくるのだが、駅のホームで電車を待ちながら数学を考えてた 積もりが、いつの間にかスチャラカ♪スチャラカ♪とZUMBAを踊ってしまい ました!というのでは、世の中に対して示しというものがつかない。

ああ、そういえば最近クラシック音楽を聴いてないなと思って、夜はバッハを聴く。 その間はスチャラカ♪スチャラカ♪を忘れることができて、なかなかよろしい。

2013年9月2日(月)
<<光ネットの更新工事>>
今日は9時から12時までの間にNTTの工事の人が来るというので、 俺サマ的には結構早い8時起きでスタンバイ。待っている間 はすこし数学。しかし睡魔に襲われ1時間ほど居眠り。で、NTT の人は11時頃にやってきて、12時前に工事完了。今まで、 モデムとルーターとWiFiの3つの装置が繋がっていたが、 それがすっきりと1つの装置に纏まった。

その後、自宅で昼食の後、新しいルーターだのモデムだのWiFiだのの 設定作業。CD-ROM付きの設定マニュアルを見ていても、どうもしっくり 来ない。ここに書かれている作業の一部だけやれば十分じゃないか、と。 そこでNTTのサポートセンターに電話を掛けたところ、俺サマの 睨んだ通りだったが、CD-ROMを使うと余計な設定まで勝手にやってしまうし、 手動設定モードも色々面倒なことがある。今から私が 電話で作業内容を指示するからその通りにやってくれ、と。

それで係の人と電話で話しながら、ノートPCを持って家の中を走り回ったり、 プロバイダーから送られてきた書類をひっくり返したり、ルーターだの モデムだののラベルの小さな文字を老眼の目で無理して読み取って メモに書き留めたり、何だかんだやってようやく設定が完了した時は14時を とうに過ぎていた。

その後一息ついて、ほんの少しだけ数学。それから山科区内の スーパーに買出しに出て、戻ってから夕食。夜はラクトスポーツプラザ。 今日は楽しいZUMBAと筋トレ。

帰宅後、大学から10月初旬の雑用の依頼メールが来ていたので、 スケジュールを確認して返事を出す。ついでに10月下旬の城崎代数幾何学 シンポジウムの参加日程を決めて、申し込みメールを出しておく。

城崎シンポジウムは相部屋合宿制の研究集会だが、これに参加するように なったのは、俺サマの代数幾何学の最初の論文が出版されることになった頃。 その頃は、この研究集会に参加して、できるだけ沢山の日本の代数幾何学者と 懇意になって人脈を作ろうなんていう、ガラにもない事を考えていた。しかし、 それから2,3年してオスナブリュックに滞在して日本に戻ってきた頃には、 すっかり「もういいや」って気になってて、現在に至っている。

思い返すに、やはり決め手というか、止めを刺したのは、 あの黙殺大魔王事件かな。 その少し前に、マックス・プランク研究所の短期研究員や ニュートン研究所の馬鹿除け選考付き研究集会などから、 「馬鹿はあっちへ行け!しっしっ」と爪弾きを食らって、いい加減 凹んでいたところにあの事件である。その後は一種の「仮面ひきこもり」状態。 つまり、あちこちの研究集会には平気で出掛けて 行くのだが、生身の数学者に対しては内面的に 完全に引き篭り状態。たとえば海外の研究集会で何人かの日本人数学者と 一緒になっても、向こうが「貴方、もしかして立命館のアホの高山じゃないの か?」と言いたげな顔してこちらを見てきても、「貴方誰?何か用?」って感じで 謎の中国人のフリして睨みつけたりしている。

では城崎シンポジウムのようなところではどうしてるかというと、 向こうから何も言って来なければ謎の中国人で通し、何か話しかけてきたら 普通に愛想よく応対する、という風にしている。これ、外面的には 極めてノーマルなリアクションだと思うけど、違うような気もする。

2013年9月1日(日)
<<コンサートを聴き逃す>>
午前中は京都新聞日曜版の2つのパズルを速攻攻略の後、 アメリカ数学会の論文レビューの仕事を1つ片付ける。 山科区内に買出しに出てから昼食と思ったが、断続的に雷や 強い雨が降ったりしてきたので、自宅謹慎。

午後は数学をしたり、居眠りをしたり、 大学の雑用でメールを書いて出したりと、だらだらすごす。 夕方、少し天気も安定してきたようなので、ラクト山科まで 散歩に出る。月が変わって、今月のお買い得ワインの銘柄 も変わっていた。今月は赤ワインがちょっと良さそうな感じ。

さらに、ニトリの売り場を偵察飛行してたら、ラヴェルの 曲が流れてたのだが、ラヴェルの名前がすぐには思い出せず、数分 その場で踏ん張っていた。まあ、よくあることなので、 特に気しはしないけど。ニトリのラクト山科店は、いつも クラシックの室内楽がBGMで流れてるので、俺サマのお気に入り のひとつである。

帰宅して夕食の後、夜も数学をしたり、大学の雑用 のメールを書いて出したり、卒研案内の文面 をいじったりと、だらだらすごす。そういえば卒研案内は9月 初めではなく、月末が締め切りだった。

俺サマは悪い教師なので、来年度の卒研のテーマは、 俺サマ自身の研究を加速させるために、来年度あたりに 俺サマが何を勉強したいかで決める。まさに、俺サマの俺サマによる 俺サマのための悪徳卒研ゼミであり、学生たちは飛んで火に入る 何とやら。俺サマの研究のために、せいぜい可愛がってやろうじゃないか、ふっ、 ふっ、ふ、、、の世界なのである。

勿論卒研なので、それほどレベルの高い話題は扱えないし、 テキストを読むにしろ最初の方をちょっと読むだけで、いよいよ面白 くなるところに入る前に1年が終わってしまう。そういった制約条件の 中で、何をテーマに取り上げるべきか。勿論、私立大学なので、 卒研希望者がゼロだと、いろいろ厄介なことになって、 俺サマの研究活動にブレーキがかかる。これでは虻蜂取らず になってしまう。

まあ、そんなわけで、卒研配属というのは毎年綱渡り で、頭が痛い問題である。

と、そうこうしているうちに、ちょっとフェースブックを 見てたら、、、ある人の投稿で、俺サマはてっきり来週末ぐらい にあると思ってた某コンサートが今日だったと判明。 しまった!夏休みボケしてる間に、聴き逃してしまった。