邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2004年4月15(木)
<<名も知らぬ花>>
日独友好メニューと称していい加減なものばかり作って食べているのでは
能が無いと、昨日は大学の帰りに書店に立ち寄り、「基礎料理本(Grund
Kochbuch)」なるものを買ってきた。スープの取り方から説明してあるこの本で、
ドイツ料理の基礎でも勉強してみようかと思う。
さて今日は、早朝にREWEスーパーでの買い物をすませてから出勤。今日も オフィスで平和に勉強したり思索にふけったり。昼食は久しぶりにザマニさん 夫婦やチェンさん夫婦と一緒。ドイツの巨大もやし入り春巻の「どろりソース」 掛けは中国人にとってもやはり異様の一言だ等々の話をしながら食べる。久し ぶりにまともに英語を喋ってみたのだが、やはりドイツ語とちゃんぽんになっ てしまう。まあ、彼らはドイツ語も十分わかる人たちだから、良いようなもの だけど。中学生時代に、カエルの心臓は人間と違って右心室と左心室がきちん と分かれておらず、動脈血流と静脈血流が一部混じってしまう、というような 事を習った。要するにカエルはより原始的な動物なのだ、と。私の頭の中は、 カエルの心臓のようになっている!
さて、今日の一枚(さらにサービスで1枚おまけ)は、名も知れぬ春の花。
エッセン大学の学生寮Brücke (「橋」の意)に隣接しているカフェの前
にて撮影。
生まれてこの方、植物といえば、それが食べられるか否か、あるいはせいぜい
それが綺麗か否かぐらいしか考えて来なかったため、植物の名前はほとんど知
らない。小学校1年生の理科のテストで、右半分が氷や水の物理的な性質を問
う問題、左半分が花の名前を答える問題が出たことがあり、右半分は見事全問
正解、左半分は零点、合計100点満点で50点を取ってしまい、母親に鬼の
ように叱られた事は今でも忘れられない。その後、日曜日ごと農村の出の母親
の車で田舎の方に連れ出されては、この花は○○草よ、あの木は××の木ね、
という具合に”天才教育”を受けたのだが、ついぞそれが成果を見ることは無
かったのである。
ドイツもそろそろ春本番のようだけど、私の好きな桜は見当たらない。
そのかわり、この写真にあるのと同じ種の白い可憐な花をつけた木があちこちに
見られる。桜に比べればやや迫力不足だけど、これも悪くないな。
2004年4月14(水)
<<アドレナリン>>
そろそろドイツの春も本格化してきたようで、気温は15度前後まであがった
ようである。ずいぶん暖かくなったものだ。朝はいつも通り7時起床、朝食の
後8時半ごろまでテレビ。ここんところは主にアメリカのTVショッピングの
ドイツ語版吹き替え番組を見ている。ドイツまで来てわざわざアメリカのテレ
ビ番組を見るかと思って、ドラマ系は一切パスしているのだが、TVショッピング
は同じ事を何度も、明瞭な言葉で言ってくれるので、私の弱点であるドイツ語
の聞き取りの勉強にはちょうど良いかと思う。
ゴミ出しをしてから出勤。エッセン・ステ−レ東駅に向かう坂を下り始め た頃、出勤途中の大家さん(葬儀屋さんを経営しています)が車から声を掛けてくれて、駅前まで送ってもらう。 歩いてもほんの5分ぐらいの道のりだけど。早めに家を出たので、エッセン中 央駅からは地下鉄(U-バーン)には乗らず、エッセンの市街地をのんびり歩いて 大学に向かう。何故か今日も昼食はひとりで、オフィスや大学のカフェで静 かに勉強したり、Webで鉄道の運賃体系を調べたり。スイスの殴り込み通訳か らメイルが来ており、今セメスターも清少納言様は宴会仕掛け人として絶好調 との知らせ。Herzog先生は来週頭には帰って来る予定だから、こういうのんび りした生活も今週限りではないかと思う。
さて、今日の一枚はエッセン市街の中心地の商店街。ここは歩行者専用区域
(Fussgängzone)になっていて、のんびりそぞろ歩きをしながらウインド
ウショッピング(Schaufensterbummel)を楽しめる。この写真は、かつての、
そして恐らくこれからの熾烈な戦場となるであろう、ドイツテレコムの
ケネディー広場前窓口(T-Punkt)の向いの建物のところから撮影された。
場所が場所だけに、思わずアドレナリンの分泌が高まってくる。
この写真の方向に真っ直ぐ5、6分歩けばエッセン中央駅、
後ろに10分ほど歩けば私のオフィスがあるエッセン大学である。
2004年4月13(火)
<< Endlich Frühling!>>
ドイツの全館暖房(Heizung)は小回りが利かないので、季節の変わり目などは
寒い。復活祭休暇の半ばぐらいまでは、自宅に居るときも(ちゃんとそのために
用意されていた)毛布に包まって、震え
ながら過ごしていた。しかし、一昨日あたりにテレビの天気予報のお姉さんが
「やっと春が来ました!(Endlich Frühling!)」と言っていたぐらいで、
少なくとも寒さに震えるようなことは無くなった。かと言って、
ぽかぽかと暖かいという状態には程遠い。
曇り空を眺めながらエッセン中央駅前の郵便局に立ち寄り、午前中に大学 に出勤。大学では止まっていた暖房も動いていたが、やはり部屋は少し肌寒い。
昼前にチェンさんから電話があり、今日は夫君のスケジュールの関係で昼 食は別々にとりましょうとのこと。メンザでひとりで昼食をとり、午後お茶を 飲みに大学のカフェに行った以外は、部屋で論文読みなど。 ああ、何て静かな学究生活だろう。大変よろしい。
さて、今日の一枚は本日のメンザでの昼食。鳥胸肉のチキン・カツと、茹でジャ
ガイモ、芽キャベツの付け合せ。
カフェテリア方式なので、
付け合せは右の2つの(この写真では空になっている)小鉢に入った状態でカ
ウンターに並んでいて、それを自分で選ぶ。
それをメイン・デュッシュの皿にドイツ流に(と
私は信じているのだが)「ぶちまけた」のが
この図。こうやって見てみると、肉料理と、これをかけなきゃドイツ料理じゃな
い(?)の「どろりソース」のくすんだ茶色、ジャガイモの黄色、付け合せ温
野菜のくすんだ緑色という、まさに旅行ガイド本で見たような「ドイツ料理の
配色」となり、ちょっと感動してしまう。
左上の小鉢は正体不明である。水でふやけた麩のようにも見えるが、
セロリか何かの植物の茎の甘酢漬けのようである。
チェンさんが前にデザートとして食べていたので、真似して買ってみた。
特にうまいわけでも、まずいわけでもない。
そういえば、大家さんにはかぼちゃの甘酢漬けを頂いた。かぼちゃのこういう
食べ方は初めて知った。
ところで、4月8日の「今日の一枚」にあった、正体不明の「真中の縦長 の四角いボックス」は、古着や古靴のリサイクル・ボックスであることが判明 した。
2004年4月12(月)
<<金属探知機>>
今日も7時に起床。朝食後、洗濯をしたり勉強したり。国際電話やメイルは大
学のオフィスに来ないと使えない関係で、午後からまだ復活祭で閉鎖されてい
る大学に出勤。気温も多少上昇してきたので、暖房が切れているオフィスでも
何とか過ごせる。
今日の一枚は地下鉄(U-Bahn)の中の掲示。
「往々にして皆さんが忘れがちなもの... 例えば、(切符の)支払い!
皆さんの御理解をお願いします。」等々と書かれている。
一ヶ月34.05ユーロ(約45 00円)のエッセン市内共通定期を持っていれば、バスや電車(S-Bahn) や地下 鉄(U-Bahn)は乗り放題である。電車などは時々検札があるが、バスについては ワンマン・バスの運転手による改札も検札も無く、以前は全くのフリー・パス だった。つまり、全く切符を持ってなくても乗り放題の状態だったわけである。 しかし、今回どうも様子がおかしいなと思っていたら、この掲示にあるように 2004年の1月1日から、バスに乗る時は必ず前から乗り、運転手に定期券 を見せるか切符を買うかしなければならなくなった。降車専用となった後ろの ドアから無理矢理乗り込むと、運転手が切符を見せてくだい("Ihrer Ausweis, bitte!")とか言ってチェックしに来るようになった。
先日外人局に行った時にも、3年前と比べて何だか様子が変で、入り口で 人々が滞っているので何事かと思ったら、おそらくテロ対策として、入り口に 金属探知機を置いて空港並のボディーチェックをするようになっていた。
色々なことが、何だか少しずつ厳しくなっているような感じだな。
2004年4月11(日)
<<復活祭ウサギ>>
今日は復活祭オスタの本命日(Ostersonntag). 終日自宅で勉強など。
昨日までは、気温も低く雨が降ったりやんだりといった状態だったが、
今日は午後から晴れてきて、気温も上昇気味。やっと京都の3月中旬
といった感じ。
今日の一枚は、大家さんからの復活祭のプレゼント。ふと部屋のドアを開けたら、
目の前に置かれていた。うーむ、
流石あの大家さんらし
く、人の情けを身に沁みさせ、私を感涙にむせばせるツボを心得ている。
復活祭には、復活祭ウサギ(Osterhase)というのが子供達に復活祭卵を持っ てくると(少なくとも小さな子供)には信じられているそうである。それが一 体どこから出てきた話で、何を意味するのかは、知らない。籠の中に横たわっ ている青銀色のものは、復活祭ウサギをかたどった巨大チョコレートで、黄色 や赤に彩られた卵のようなものは、まさに本物の卵(ゆで卵?)。もう少し小 さいのはチョコレートでかたどった卵である。この籠には「復活祭おめでとう! (Frohe Ostertage)」と印刷されたグリーティング・カードが添えられてい る。この復活祭ウサギ籠以外に、エッセン・ステ−レ界隈を題材とした立派な 写真集”麗しきステ−レ(Schönes Steele)”も頂いた。
プレゼントの気合いの入り方といい、4日間連続祝日扱いといい、復活祭
というのはクリスマスに匹敵する重みがあるようだ。仏教徒の私は、何とも思っ
てなかったけどね。
2004年4月10(土)
<<テレビ・ドラマ>>
復活祭オスターは9、10、11、12日の4日間だが、暦の上では今日は休
みにはなっていない。木曜日に買い物をしそびれた人のためにか、少なくとも
REWEスーパーは7時から16時の通常の土曜営業。朝、早速食料品の買出
し。その後は、閉鎖されている大学に行っても暖房も無く寒いだけなので、
自宅でアイロンかけをしたり勉強したり。
今日買った食料品は、ニシンの辛子あえ(Heringsfilets in Senf-Creme) の缶詰、リンゴムース(Apfelmus)、ハム、チーズ等々。日本では”猫またぎ” 扱いされているニシンだが、こちらではニシンのオリーブ油漬けとか色々あり そうなので、ちょっと試しに買ってみた。リンゴムースは、昨日買ったじゃが いものお好み焼き(Reibkuchen)の素と一緒に食べようかと思って買ってみた。 この組合せはゲーテのパーティで教わった。昨日買ったお好み焼きの素は、ゲー テのパーティで先生が作ってくれたものよりもやや塩辛めに味付けがしてあり、 甘口のリンゴムースとよく合う。この素は、そのまま焼いてもよいのだが、今 日は卵、ハム、十分炒めた玉ねぎを混ぜてみた。大成功、大変美味!
さて、今日の一枚はテレ
ビ・ドラマの1シーン。何故か画面が全体的に緑色がかっていることに注意
されたし。ドイツで製作され
るテレビ・ドラマの多くは、このようにカラーなのに、何となく緑がかった絵
で統一されている。別にテレビが壊れているわけでも、ブラウン管の調整が悪
いわけでもない。実際、ドラマの合間のコマーシャルは自然で美しいカラー
画面である。たぶんこういう配色がドイツ人の好みなのでしょう、という以外
に何故このような色彩処理が、ドラマ(と一部の報道映像)に限って好んで施されるのか、理由はわ
からない。
2004年4月9(金)
<<オスター>>
昨夜はやや夜更ししたので、今朝は目覚ましを掛けて6時に起床。午前中は朝
食と洗濯を済ませて、自宅で論文読みなど。昼前に家を出てエッセン中央駅で
昼食。今日からオスターなので彼方此方の店は閉まっているが、エッセン中央
駅のスーパーやサンドイッチ店などは今日も全力営業中。それからオスター
(復活祭)休暇でこの寒い中暖房まで止まっている大学に出勤し、少し論文を
眺めたり、メイルの転送設定その他の雑用をしたり。
スイスに高飛びした殴り込み通訳からのメイルも転送されてきた。
今日の一枚は見ての通り、木である。これは自宅近くのREWEスーパー前の
交差点の木。気候の違いのせいなのか、ドイツの木々は枝が横の方に伸びる傾
向があるように思える。ひねくれ松ではないが、決してすんなり素直には伸び
ていない渋い枝ぶりの、立派な木が街のあちこちに植えられている。そのひと
くせならず屈折した枝ぶりを眺めていると、何か「狂気に満ちたドイツ的叫び」
という感じがする。
2004年4月8(木)
<<外人局Ausländerbehörde>>
今朝は5時に一度目が覚めたものの、もう一度寝てしまい6時起き。朝食を挟
んで1時間程数学。それからスーパーへ買出し。明日から4日間は復活祭(ド
イツでは「オスターフェスト Osterfest」という)で、スーパーが閉まってし
まう事が予想されるので、食料の買出しである。前回ドイツに来た時は、ドイ
ツ語もよくわからないし、商品の事もよくわからないので、色々つまらない買
い物をしてしまったけれど、今回はより先進的消費者を目指して、電子辞書を
武器に厳しく商品を吟味しようとしている。従って、ちょっとした買い物でも
気が付いたら一時間ぐらいは経ってしまう。
その後大学へ。今日の午後は外人局(Auslaenderbehoerde)で5ヶ月の滞在 ビザを申請しに行くつもりだったので、Webで開業時間や交通の便を確かめた り、図書館で論文を探してコピーしたりしているうちに昼食。チェンさん夫婦 と、チェンさんの友人らしい中国人女子学生も合流。今日は少し数学の質問を しようと思っていたザマニさん夫婦は来てなかった。中国人3人対日本人1人。 攻撃的な中国語の響きを聞きながらの昼食は、ちょっと新鮮。チェンさんが、 私に中国語を知っているかと聞くので、「謝謝(シェシェ)」と「再見(ツァ イツェン)」ぐらいは知っているが、それ以外は「好娘(ハオクーニャン)」 しか知らないと答えたら、「好娘」とはまた妙な言葉を知っているなと、ずい ぶんウケた。
さて、午後の外人局は、結局エッセン大学からの招聘状がドイツ語で書か れてないことと、アパートの賃貸契約書が無いという書類不備で出直しとなっ た。前回は英語の招聘状で何とかなったではないか!と食い下がったのだが、 今は英語がわかる職員が居ないらしい。とにかく大学に戻って、イタリア出張 中のHerzog先生にメイルでその件を伝える。ちょっと驚かしてやろうとドイツ 語でメイルを書いた。今はドイツ語の読み書き話しは、日常的な簡単なものならば それほど苦労無く出来るようになってきたけれど、聞き取りだけはなかなか上 達しない。
さて今日の一枚は、環境
問題に熱心なドイツの象徴のひとつである、資源ごみ回収ボックス
(Muellkasten)。 左側の四角いもの2つは古新聞などの古紙ボックス、右側の
海坊主の頭みたいなのは白、茶、緑のガラス瓶ボックス。瓶の色でボックスの
色も分かれている。真中の縦長の四角いボックスな何なのか知らない(今度調
べてみようかと思う)。この道を左に行くとすぐ近くに自宅の最寄駅であるエッ
セン・ステ−レ東駅があり、右に行くとすぐに急な坂道になっている。この坂
道を5分ほどかけて登りきった高台に私のアパートがある。ドイツに到着した
時、迎えてくれたチェンさん達とここを通ったのだが、彼らは坂道の急勾配に
恐れをなし、(ちょうど写真を撮っている位置にあるバス亭から)30分待っ
てでもバスを使いたいだの、タクシーは無いかだのとむずがったのだが、「歩
けば5分。騙されたと思って一緒に歩きましょう」と彼らを率い、「この坂の
中程にあるあのアパートも大家さんの所有で、前はやはりエッセン大学の客員
研究員のポーランドの代数幾何学者が住んでました」「ふう。ふう(息を切ら
しながら)。あなたもそのアパートにすれば、我々も助かったのに。まだまだ
先なんですか。ふう」「もう少し頑張りましょう。すぐですよ」とか言ってい
るうちに登りきる。むずかっていた彼らも「ほんとだ。もう着いちゃった!」
と少し嬉しそうであった。
2004年4月7(水)
<<メンザ>>
あー、寒い寒い。中途半端に寒い。どうしてくれよう。
朝は5時過ぎに目覚め、朝食を挟んで論文読みなど。
9時過ぎに自宅を出て9時半過ぎに大学に着く。
午前中はメイルの転送設定や、運送業者への連絡、その他の雑用。
昼食はチェンさん夫婦やイランから来たザマニさん夫婦たちと
一緒になる。私の興味とちょっと関連した事をやっているザマニ
さんに彼の仕事の概要を少し教えてもらい、午後は図書館で関連
論文を2,3コピーして眺める。
さて今日の一枚は、エッ
セン大学のメンザ(Menza 大学食堂)のショウウインドウ。定食制で、このよ
うに毎朝3つのメニューの写真が示される。それ以外にも、パスタ・
バー、サラダ・バー、そしてもう少し高級なメニューのレストラン
(Restaurant)もある。今日のメニューは上から順にロールキャベツ、チキンカ
ツ、パスタ。私はチキンカツにした。今日はあまりドイツ的なメニューでない
のが残念。しかし、ロールキャベツでもチキンカツでも、何でもかんでもドロ
リとした茶系の色をしたさまざまなソースをかけるところが十分ドイツ的だと
思われるし、パスタはきっとドイツ的に腰が強いんだか弱いんだかよくわから
ない極めてドイツ的(?)な歯ごたえのものだったと推測している。
Stammessenn, Gedeck, Alternativ というのはどう訳すべきかよくわからない。 「今日のメインはこれだ!」(Stammessen), 「ま、こういう定食もあるけどさ」 (Gedeck),「それも、これも嫌という人は、これならどうだ!?」 (Alternativ)といったところか。右下に見えるBeilagenというのは付け合せの こと。この写真では細かくて良く見えないが、今日のスープ(Tagessuppe), フ ライドポテト(Pommes frites), ジャガイモを油で炒めたもの(Kartoffeln), グリーンピースを茹でたもの(Erbsengemuese), グリーン・サラダ (Blattsalat in Joghurtdressing), ミルクがゆ(Milchreis), 果物 (Fruechten), ヨーグルト系のデザート(Joghrtdessert)その他冷たいもの (Kalte Beilage)[どれの事を言ってるんだろう?] と書いてある。日によっ てこれ以外に、茹でジャガイモをすり潰したもの、人参を茹でたもの、パラパ ラの米、さやいんげんを茹でたもの等々が出て、かなりバラエティーがある。 そして右上は一週間の献立予定一覧表である。
上記3種の料理から1つ選び、付け合せの小鉢を3つつけて、値段は来客
用価格で4.80ユーロ(約620+α円)。ミネラルウオーター500cc
で1.00ユーロ(約130円)。前回滞在時の記録を日本に置いて来たので
正確なところはわからないが、物価がだいたい日本並というのは、「オイロ・
イスト・トイロ」で前回に比べてかなり上昇しているような気がする。
2004年4月6(火)
<<シュパーゲル>>
春爛漫の日本で桜を楽しんでいたけれど、ドイツはまだ冬の終わり
といったところで、春はまだ遠い。
気温は3〜8度Cといったところで推移しており、雨もしょぼしょぼと
降っている。まあ、雨しょぼしょぼというのは嫌いでもないけどね。
昨夜は大家さんに家賃を払い、お土産として持ってきた、鳩居堂で買ったテー ブルナプキンと瓢箪形の消臭炭などを話題に少し歓談。今朝はまた5時過ぎに目が 覚めて、朝食を済ませてから、REWEスーパーへ昨日買いそびれたものの買 出し。それから大学に向かう。今日はエッセン中央駅から徒歩でケネディー広 場に向かい、そこのドイツ・テレコムの窓口T-Punktで電話開設の申し込み。 19日の朝10時頃には電話が使えるようになるという話だったが、私は全然 信じていない。とにかく19日を待とう。T-Punktの後は近くの書店に寄って、 アスパラガス(Spargel)料理の本を買う。アスパラガスは4月末頃から 旬らしく、同様のアスパラガス料理の本が何種類も並んでいた。
昼前に大学に着き、メンザで昼食。部屋に戻って論文を眺めていたら、隣 部屋のレベルトさんがやってきて、電子メイル・アドレスが使えるようになっ たと知らせてくれた。メイルの設定は簡単なはずだが、大学の書類に書かれて いるアドレスの誤植が原因でなかなか旨く行かず、半時間程二人で頭を抱える こととなった。昨日に引き続き、この間ずっと付き合ってくれたレベルトさん はとても親切である。解析のグループに所属しているようだけど、 博士号はずっと昔に可換環論で取ったそうである。
さて今日の一枚は、自宅
の近くの風景。自宅からマルチン・ルッター病院を左手に眺めながら一本道を
2分程歩いてくると、ちょうど自分が歩いて来た道が主要道路の交差点に合流
する。その直前の所から撮影したもの。左側の赤いのはガソリンスタンドの看
板で、前は緑だった。この看板の後ろに見える(道を挟んで向こう側
に位置する)暗緑色の建物の1階は花屋さん
である。看板の手前は、リサイクルに熱心なドイツらしい、ガラス瓶の回収ボッ
クス。写真の右手に横長の細く赤っぽい看板のようなものが見えるが、これが
朝7時から気合いの12時間営業をやっているスーパーマーケットREWE.
2004年4月4・5(日・月)
<<二つの時間>>
4日は17時半頃に無事デュッセルドルフ空港に着き、この機会にぜひ乗って
みようと思っていた高速列車IC, ICEはダイヤの関係で乗り損ね、普通の快速
列車REでエッセン中央駅へ。Herzog先生の留守中、私の面倒を見てくれる予定
のHerzog先生のところの中国人留学生のチェンさんとその夫君、そして、カナ
ダから招聘研究員として来ているという代数幾何学者のシェン・リー・タン
(だったと思う)さんの3名が迎えてくれた。
彼らは、中国人関係者達で開くパーティーに向かう途中らしく、一緒に来 ないかと誘われた。中国人による中華パーティとは多いに興味がそそられるの だけど、大きな荷物を早くアパートに運び込みたいし、ジェット・ラグのため に微妙に眠いし、飛行機の中でわけのわからないペースでめし!めし!めし! の飯攻めに会って満腹状態かつ微妙に腹痛までしているしという状態なので、 折角のお誘いだけどお断りした。結局エッセン中央駅からひと駅先のエッセン・ スティーレ東まで電車に乗りなおし、一路アパートに向かうことにした。これ は慣れた道のりだけど、エッセン大学で政治学を勉強しているというチェンさ んの夫君が荷物の一部を持ってくれて多いに助かったし、皆でわいわい言いな がらというのも楽しいものである。
アパートの大家さん達は、3年前よりもほんの少し(つまり3年分)年を 取ったなという感じがしたけれど、3年前と同じ笑顔で迎えてくれた。部屋も 3年前とほとんど変わっていない。以前大家さんにプレゼントした招き猫も、 ちゃんと階段の所に飾られていた。しかし、家賃はかなり値上がりしたな。ゲー テの先生に、マルクがオイロ(ユーロ)に変わった混乱のため (*1)、ドイツでは物 価が上がっていると聞いていたのだが、 その影響かしら。
荷物を広げて整理し、シャワーをあびて、やれやれと居間のソファーでテ レビを見ていたら、同じようにここでテレビを見ていた3年前の自分が昨日の 私で、今ここに居るのが今日の私。「昨日」と「今日」の間の3年間は、すっ ぽり抜け落ちてどこかに行ってしまったような感覚にとらわれた。ああ、また この時間に戻ってきたのだ。この「ドイツでの私」という時間は、私が日本に 戻って主を失っていた3年間の間も、静かに息を潜めるかのようにゆっくりと 進行し、私を待っていたかのようである。
翌5日はジェット・ラグの関係で朝5時には目が覚めて、朝食を食べたり テレビを見たりしてから、近くのスーパーに買出しへ。このスーパーは朝7時 からやっている。そのかわり以前は夕方4時頃には閉店していた。しかし去年 の秋頃から12時間営業で夜7時まえ営業するようになったらしい。スーパー の中のレイアウトも3年前と多少変わっており、さらに画期的な事には営業時 間が延長された。また、スーパーの向かいのガソリンスタンドの会社名が変わっ てしまっていて、以前は全体的に緑を基調にした店だったのだが、今は赤を基 調にしたものになっている。
買出しの後は大学に向かい、途中エッセン中央駅で定期券を買う。エッセ ン中央駅の本屋さんは、ちょっと改装されていたし、よく利用したレストラン のメニューがなにやらグレード・アップされていた。エッセン大学前の地下鉄 (U-バーン)ベルりーナ・プラッツ駅は、以前は薄暗く、寂しく、薄汚いとこ ろだったのだが、エッセン市のシンボル・カラーである濃い青、そして白を基 調とした明るい構内に様変わりしていたし、駅構内の店も3軒程増えていた。 しかし、以前よく利用したサンドイッチ屋のお姉さんは今も健在。当時は娘さ んって感じだったけれど、今は何だかドイツのお母さんって感じが漂っていた な。
エッセン大学も微妙に変わっている部分と同じ部分があって、これが3年 という時間なんだなと感じる。例えば図書館の係員で、ちょっと太って、髪はや や長めの、猛烈に早口の綺麗なドイツ語を喋り、仕事熱心そうなお兄さんが居 たのだが、彼は健在。しかし髪はさっぱりと短髪にし、前よりも少し愛想が良 くなった。もうひとり、それほど仕事熱心そうでも愛想が良いわけでもない 「え?ナントカの本が無いって?!そこにあるはずよ(Da muss sein!)。ちゃ んと捜しなさい」(と言われたことがある)のDa-muss-sein係員が居たが、 彼女も健在。ただし、以前 ボーイッシュにしていた髪を伸ばした以外は、以前と変わらず。
今日はチェンさんと、隣部屋の解析の某先生にパソコンのネットワーク設 定の件などでずいぶんお世話になった。この日誌が思いの外早く更新できるよ うになったのも、彼らのお陰である。感謝感謝。
私のドイツ語は今のところ微妙に通じている。この微妙というところが、 微妙なのである。こちらの言う事は大体通じているようだが、相手がワッと何 か言って来た時は、相当勘を働かせないと何を言っているのか分からない。今 の所、この勘というのも当たらずしも遠からずの、危うい線で推移している。 困ったことは、何か言おうとするとき、ドイツ語でちゃんと言えるとは限らな いにもかかわらず、まずドイツが口を突いて出てくることだ。とりあえずドイ ツ語で切り出すのだけど、途中で苦しくなって英語にしたくなるとか、安全圏 を狙って英語で話し始めても名詞や形容詞などはいつの間にかドイツ語になっ ていて(*2)、英語の名詞や形容詞がぱっと思い出せないといった事が起こっている。
*1 Euro ist teur. 「オイロ・イスト・トイロ(トイアー)」(ユーロは 高い、という意味)と言う。一種の語呂合わせである。
*2 つまり、英独ちゃんぽんで、時々感嘆詞に日本語が混じるのである。
2004年4月2(金)
<<出発前日>>
4日は9時30分のフライトなので、前日3日の夜は空港近くのホテルに宿泊
する予定。ということで、気分としては今日が出発前日である。荷造りの仕上
と最終確認や身辺整理をしたり。途中、野暮用がてらに山科駅近辺まで出掛け、
ついでにSbuxで昨日コピーしてきた論文などを読み耽ったりもする。
ところで4日は現地時間で17時半にデュッセルドルフ空港に到着予定で ある。前回はHerzog先生が空港まで車で迎えに来てくれたのだが、今回は生憎 世界を股にかけるHerzog先生の4月半ばまでのイタリア出張とぶつかったよう で、出迎えは無く自力でアパートまでたどり着かねばならない。
行程としては、空港から少しモノレールに乗ってドイツ鉄道(DB)のデュッ セルドルフ空港駅に行き、そこから半時間ほど特急列車IC(Inter City)か何 かに乗ってエッセン駅に向かう。さらにエッセン駅で普通列車Sバーンに乗り 換えて15分程のところのエッセン・スチーレ東駅で下車。急な坂道を徒歩5 分ほど上るか、迂回路をたどるバスに乗るかして、宿泊予定のアパートにたど りつく、という想定である。まあ、慣れた場所だし順調に行けば、空港からア パートまでは1時間半ぐらいで、20時過ぎには到着できるだろうと踏んでい る。しかし、当日夜のエッセンの天気予報は雨らしいし(この季節の天気予報 なんてアテにならないが)、日没は20時頃とはいえ雨で薄暗くうっとうしい 中を陸軍の兵隊さんみたいな大きな荷物を持ってヨタヨタ行くのだから、不安 が無いとはいえない。
翌5日から10日以上Herzog先生は留守。一応、向こうの大学での事は、 2年前にイタリアの学会にも来ていた大学院生の中国人留学生の人が面倒を見 てくれるらしい。まあ、私としてはHerzog 先生のSchnell denken, schnell essen und schnell arbeiten(速く考え、速く食べ、速く仕事する)の猛烈な 研究ペースについていくのはちとシンドイので、ドイツに着いていきなりブイ ブイ飛ばすよりもゆったりできて良いな、などと怠けた事を考えている。とは いえ、その間前回の滞在でひどい目に会ったドイツ・テレコムに電話を引くよ うに頼みに行かないといけないし、外人局に行って滞在ビザの申請もしなけれ ばならない。これもまた、勝手知ったることとはいえ、楽な仕事では 無さそうな気がする。
次回の更新は無事現地に着けて、それやこれやが落ち着いた頃になろうか と思う。
2004年4月1(木)
<<美しい春>>
一昨日の天気予報が狂い、今日も夕方前までは晴天。午前中はWebでドイツ
語のニュースを拾い読みしたりしていたものの、自宅に籠っていてはもったい
ないと、昼前から外出。まずは最近覚えた「同志社遊び」から。御陵駅から地
下鉄に乗り烏丸今出川でふらりと降り、新築され昨日新装オープンしたばかり
という同志社大学の某建物があまりに綺麗で立派なので、中に入って色々見学
させてもらう。次に同志社本部の方の学生談話室みたいな所に潜入してしばら
くすごす。同志社遊びの後、バスで北白川まで移動して京大数理研へ。数理研
の桜は、曇り始めた陽の光の加減なのか、高野川のそれよりも色が淡く透明感
があるように見えてなかなか良い。図書室で30年程前の古い論文を2,3探
したけれど見つからず。やむおえずごく最近の論文をひとつコピーして、喫茶
進々堂で読み耽る。その後、百万遍からたまたまやってきた京阪バスに乗り、
三条京阪終点を経て河原町三条近辺をふらついてから帰宅。夜は出発のための
荷造り。苦心惨憺して9割程度完了。
前回に比べ、今回のドイツ出発は何となく後ろ髪引かれる気がするのだが、 それは出発する季節の違いなのだろう。前回はまだ残暑の厳しい9月20日の 出発で、蒸し暑い日本から脱出できる嬉しさが後押ししていたような気がする。 今回は春の出発で、そのうえ今年はスギ花粉の飛散量が少なくすこぶる快適で ある。だから、この美しい春をゆっくり楽しみ、居眠りを交えながら数学を考 えたりして、ぼんやりとしていたい。ドイツくんだりまで出掛けて行くのは大 儀である、というような気持ちが働いているのだろうと思う。