の
た
め
の
邪
魔
な
広
告
よ け ス ペ ー ス で す。
2009年5月31日(日)
<<引き裂かれた私>>
研究日、のような。昼頃に近所のスーパーに買い物に出た以外は、終日自宅で
講義の準備や数学など。
さて、今日の1枚はジャック・ルシエ(Jacques Loussier)の"Play Bach,
concertos for lovers"(恋人達のためのコンチェルト)。ジャック・ルシエは
J.S.バッハの曲のジャズ・アレンジを沢山録音していて、このCDもその
1枚。「平均律クラヴィーア曲集第1巻の5番のフーガ」「チェンバロ協奏曲」
の第一番と第三番などが入っている。まあ、こういうことを気にするのは野暮
かも知れないけど、この曲の組合せの一体何処が「恋人達のためのコンチェル
ト」なのかは全くの謎である。ジャケットのイラストは、それっぽく描かれて
るけどね。これも、まあ、映画のチラシみたいで面白いけど、あんまり
感動しないな。絵の中に、物語とか、言葉で語れるような意味が込められてい
るのは、あんまり好きじゃないの。
で、以前、イカしてスマしたジャズより泥臭いジャズの方が好きだ、みた いな事を書いたけど、このCDのはイカしてスマしたジャズで、しかも結構私 の好みである。えー!?じゃあ、お前、ウソついたのかよって?はい、そうか も知れません、スイマセン。あの時は、「久しぶりにデクスター・ゴードンの サックスが聴いてみたいな、あのCD何処にあったっけなー」とか、ちょっと 思ってたもんで。。。ちょっと待て!サックスだと!?お前、金管嫌いだっ ちゅーたろーに!って?スイマセン!スイマセン!!スイマセン!!!脳が歪 んで「引き裂かれた私」なんですぅ。
それにしても、J.S.バッハのジャズ・アレンジは悪くないなと思うけど、
かと言ってキース・ジャレットの「ゴールドベルク変奏曲」はあまり聴いてみた
い気が起こらないのは、食わず嫌いかしらね。キャラクターの灰汁の強さとか、
ピアノ弾きながら叫んだりするところが、どうもグレン・グールドとイメージが
被ってしまって、イメージが被ってるんだったら、グールドでいいじゃないのと
いう安易な思考。
2009年5月30日(土)
<< 見た目が全て? >>
ドイツ語寺子屋塾の日。今回は宿題が多く、大慌てで片付けて自宅を出る。京
大ルネで遅めの昼食の後、関西日仏学館の図書室で一息。先日ゲーテ京都校に
潜入してもらってきたドイツ語の広報誌を少し眺めた後、15時過ぎに寺子屋
へ。17時前に授業終了。まだ日が高く、少し蒸し暑いけれど、「人あたり」
を冷ますために京都市役所前まで徒歩で行く。JEUGIA三条本店とAng
er河原町三条本店をすこし偵察してから、地下鉄に乗って帰宅。夜は久しぶ
りにスポーツクラブ。
さて、今日の1枚は、NAXOS廉価良盤シリーズでJ.S.バッハのフルートソ
ナタ集。「BWV1031 フルートと通奏低音のためのソナタ ホ短調 」「BWV1013
無伴奏フルート・ソナタ(パルティータ)イ短調」 「BWV1032 フルートとチェ
ンバロのためのソナタ イ長調 」および「BWV1031 フルー
トとチェンバロのためのソナタ 変ホ長調 」が入っている。2000年の秋に
エッセンでテキトーに買ったんだと思うけど、金管はいまいち趣味でないとい
うことで長らく放置されてきた。しかし久しぶりに聴いてみると、結構耳にす
る曲も入っていて、案外いいものだとわかった。
演奏しているのは、いずれも
フィンランドの人らしく、"14-carat gold Muramatsu flute"を使っていると
あるので、ムラマツ・フルートって何だ?と思ったら、
これ
でした。
さて、ジャケットの絵はJ.B.バッハが活躍した東ドイツの町
Cöthen(現在はKöthenと書く)の1650年頃の風景らしい。まあ、歴史
資料的価値はあるだろうし、写真の無かった時代においては写真に代わる用途
があったのだろうけど、いずれにせよつまんない絵である。毎日音楽のことは
そっちのけでCDのジャケットのデザインの品評ばかり書いてるけど、どうも
クラシックのCDのジャケットは、大人しいというか、無難なデザインが多く
て、内心、もうちょっと何とかならんかと思っているのだ。これなどはほとん
ど「退屈」というべきもので、見た目が全て!みたいなところのある私として
は、長らく聴く気になれず放置する十分立派な理由になる。NAXOS廉価良盤シ
リーズは、この手のデザインのものが多く、例えばシューベルトのピアノ曲な
ど、大量のCDが「見た目の悪さ」を理由に放置されたままだ。
2009年5月29日(金)
<< じみじみと人生を考える >>
午前中から昼過ぎまで、大慌てでフランス語の宿題を片付け、関西日仏学館へ。
東山三条のバス亭のあたりでRitsの某学生と一緒になる。数理研のセミナー
を聞きにいくそうだ。同じバスに乗り京大正門前で分かれる。京大ルネで遅め
の昼食の後、関西日仏学館の図書室に籠る。フランス語の動詞の活用形を復習
してから、しばし数学。再び京大ルネで少し早めの夕食をとり、19時前より
21時頃まで授業。例によって「人あたり」で火照った頭を冷やしながら、京
都市役所前まで歩き、そこから地下鉄に乗って22時過ぎに帰宅。
さて、今日の1枚は昨日ちょっと触れた、マイヤーさまの「赤まみれ」CD。
ザビーネ・マイヤーさまが若干19歳にして
既に華々しく活躍中のジュリアン・ブリス君と共演したフランツ・クロン
マーの「2本のクラリネットのための協奏曲」、それからルイ・シュポーアの
「クラリネット協奏曲」の2番と4番も入っている。シュポーアの協奏曲って、
そういえば最近あまり聴いていないウェーバーの協奏曲とちょっと雰囲気が似
てるような気がするな。マイヤーさまって、こうい感じの曲が得意なんよね。
それにしても、このジャケットは人生について、しみじみと考えさせてくれる。真っ 赤なソファーの上で紅生姜のようにくつろいでいるマイヤーさまと、その側に いるジュリアン君の図は、どう見ても母子にしか見えない。
私 :「あれ?ザビーネやん。久しぶりやね。この子、息子さん?」
ザビーネ:「あ、高山くん。そう、息子。今度一緒にCD出したん」
私 :「え?もしかして、あのクロンマーとシュポーアのやつ?俺、そのC D、持ってるで。あの、クロンマーを一緒に吹いた男の子って、あれが、この子?」
ザビーネ:「CD、買ってくれたん?有難う。そう、この子と一緒に出したん」
私:「ああ、そうかぁ。あんた、こんな大きい、ええ息子さんが居たんや。 (ジュリアンに向かって)お母さんにレッスンしてもらったりするの?」
ジュリアン:「ええ、他の先生についてたときもあったけど、今は 母に教わってます」
私:「へーえ。お母さん、怖いやろ。うまいこと吹けないと、『何べん言う たら分かるんや?!お前なんざ、もう、親でも子でもない!』とか言って、楽譜 ぶち投げたりせえへん?」
ザビーネ:「あーっ(溜息)。また、高山くんのコレが始まった、、、」
ジュリアン:「ハハハ、、、そんなことはないです。母は優しい人ですよ。 でも、音楽に関しては厳しいですね。耳が痛いけど、とても有り難い意見をず ばりと言ってくれます」
私:「そうか。こんな立派な先生に厳しく教えてもらえるって、幸せやな」
かように、このジャケットを見ていると、私の妄想と白昼夢は限りなく膨 らむのである。いやはや、自分で書いていて嫌になるようなオッサン的会話だけど、私が 子供の頃、その辺のオッサン達が私の親と交わしていた会話って、こんな感じ だったよな。
それにしても、暢気そうなドイツのぷくぷく娘だったマイヤーさまも、近
頃はずいぶん痩せて表情も厳しくなってしまったなあ。まあ、息子がもう二十
歳近くになってるんだから、そういうこともあるかもね、と。何てったって
年齢が1つしか違わないから、私って、物凄く偉くなった同級生の女の子って
感じでマイヤーさまを見てるようなところがあるのよね。
2009年5月28日(木)
<<大学はお好き?>>
昼間は研究日。自宅、および、山科駅前Sbuxにて数学。最近の山科駅前S
buxはとても繁盛していて、それはそれでご同慶の至りではあるが、私が行
くといつも満席なのに嫌気がさし、近頃はとんと足を運ばなくなった。しかし、
今日はたまたま席が空いていたのでしばし滞在の後、夕方17時半に大学に出
勤。事務で郵便物を確認して、18時前から20時前まで会議。その後、会議
で仰せつかった宿題を片付けたり生協で夕食をとったりしてから、21時過ぎ
に大学を出て22時過ぎに帰宅。こんな時間まで大学に残ってる先生もけっこ
う居たし、帰りのバスも学生で一杯だった。皆さん、大学が好きなんですね。
さて、今日の1枚は、フルートの帝王エマニュエル・パユとクラリネットの女
王ザビーネ・マイヤーという豪華コンビによる、ニールセンの「フルート協奏
曲」「クラリネット協奏曲」そして「管楽五重奏曲Op.43」。最後の曲に
は、Jonathan Kelly (オーボエ)、Stefan Schweigert(ファゴット)、
Radek Baborak (ホルン)の3名が加わっている。マイヤー様の令名に惹かれ
て衝動買いしたのだが、元々オーケストラもカール・ニールセンも、
それほど好きではないし、フルートやホルンとかの金管もいまいち趣味でないこ
ともあって、たまにしか聴かない。場違いな会食に紛れ込んで、たまたま知って
る人を見つけて、その人とだけ会話するかのように、マイヤーさまのクラリネット
の音だけを拾い出して聴こうとしてしまうのだけど、「そんな社交性の無いことで
はいけません!」と自らに鞭打つ。
ところで、このジャケットの背景の赤のどぎつさは、マイヤーさまの女王様 然とした風格に免じて許しちゃうことにしよう。最近のマイヤーさまは赤がお好 きなようで、天才少年ジュリアン・ブリス君と共演したCDのジャケットなん かは、「赤まみれ」状態で写っている。 それにしても、パユのフルートを持つ手つきが何だか気になるな。 何ですか?これは。
パユ:「僕、フルートでもペン回しできちゃうんですよ。ちょっと見ててくださいね」
マイヤー:「へーえ、凄いわね。でも、貴方、大丈夫?そのフルート、高 かったんでしょ?失敗して落としたら大変じゃないの」
って。んな話、勿論してないよね。
2009年5月27日(水)
<<ガロアの肖像画>>
RitsのBKCの豚風邪休校は昨日で終り、今日から通常営業。夏休みを潰して補
講をせよとの通達が出るかと思いきや、前期試験日程や夏休みの予定変更は無
く、「各教員独自の判断で柔軟に対処せよ」とのこと。ほんまかいな。
ちゃんと文科省の役人に許可貰ってから言ってるのかね。
自宅で数学の後、夕方頃出勤。事務室で郵便物の整理をし、ようやく再開 した図書館に本を返しに行き、ついでに新刊書を借り出す。16時半から19 時前まで教室会議。今年度は「ダマを通す」と決めてたのに、しなくても良い 発言を2,3してしまい、反省。会議終了後、これまた久しぶりに再開された 生協食堂で夕食の後、帰宅。夜はまた少し数学。
さて、今日の1枚は、マルリツィオ・ポリーニのピアノで、ショパンのポロネー
ゼ集。1975年頃にレコードで出たもののリマスタリング版。ショパンに結
構ハマっていた2000年頃にエッセンで買ったのだけど、何度聴いてもどう
もピンとこない。何かしら胸に迫る感情が込められているわけでもなく、ピア
ノの音が特に美しいわけでもなく、ただ淡々と正確無比に流れていくショパンっ
て何なのよ?と。
さてジャケットの絵を見てみよう。80歳近い私の叔父のひとりが、今こん な感じである。否、実物はこんなにハンサムじゃなくて、もうちょっと崩れてる けどね。若い時は地方公務員をしていて、髪も七三分けで、酒も煙草も呑まず、 実直一筋でいつも地味なスーツ姿だったのだが、退職後しばらくご無沙汰して て久々に会ったら、「よお、幸ちゃん(私のことである)、ふぉふぉふぉふぉ ふぉー!」ってな感じで、怪しい着流し姿でこんな感じのヘヤスタイルをして、 いつの間にかヘビースモーカーになっていた。まあ、公務員を退職して以後、 色々あったらしい事は亡母から聞いてたけど、結構「ちょいワル老人」してるよな。
それにしても、このショパンのデッサンはいいな。線が狂ってないし。
ガロア理論のエヴァリスト・ガロアの肖像画の一つに、デッサンが狂っているの
がある。頭と衣服の襟までちゃんと描かれたデッサンに、後で慌てて肩の線を
テキトーに描き入れたみたになっていて、肩の位置(特に左肩)がずいぶん下
がって描かれている。実は私は、高校生の頃からずっとそれが気になってる。
2009年5月26日(火)
<<半魚人、怖いよう!>>
研究日。昼間は自宅で書き溜めた研究ノートの整理をしたり、締め切りが迫っ
てきた科研費の報告書を書いたり。夕方は山科駅近辺に散歩に出掛け、
(頑張れ!沖電気!の思いをこめて)「ボー
ナス50%カットにあえぐ沖電気社員の苦悩」の記事を目当てに書店でアエラ
を買い、ついでに
「日本人の知らない日本語」(蛇蔵&海野凪子)も購入。
夜もすこし数学。
さて、今日の1枚はクラリネットの貴公子ポール・メイエとその長年の盟友、
ピアノ伴奏のエリック・ル・サージュの"Brahms". ブラームスのクラリネット・
ソナタ第1番と第2番、そしてル・サージュ独演のピアノ・ソナタが入ってい
る。
フランス人のエスプリでブラームス晩年の枯淡の境地を料理するとこうなっ てしまうという、独仏両国人の人生観における微妙なニュアンスの違いを指し 示しているかのような演奏。一瞬その異様さにのけぞるのものの、それなりに 聴けてしまうところが偉い。そういえば先日、グレン・グールドが「モーツァ ルトの間違いを直して」録音したというピアノ・ソナタのCDを試聴して、や はり最初は噂通りの異様さにたじろぎつつも、結局何となく聴けてしまった。ま あ、そういうことって、あるんでしょう。
ポール・メイエは男性有名演奏家のご多分に漏れず、最近は指揮者業の方 に精を出しているようだ。まあこれは例えていえば、大学教授の中にも、生涯 一研究者として通したい人も居れば、学部長だ総長だと、人をコマのように動か したり、組織をいじり回したりする方に関心が移っていく人も居るようなもの かしら。
それにしてもこのジャケットはやめて欲しいな。向かって左側がメイエ、 右側がル・サージュの顔をモンタージュしたもので、フランス人らしい悪戯心 で面白いのだけど、 成仏し切れなかったマグロみたいに、ぐっとこちらを見据えているぐりぐりの 目がかなわん。西洋人って何故こんなに丸い目してるんでしょうね。私は子供 の頃、大きな魚をさばく現場の近くでよく遊んでいて、こういう顔したマグロ と睨みっこをしてたりしたんだけど、そのせいか、いつの間にか極度の魚嫌い になってしまった。人間を襲う半魚人の話なんて、とてもリアルに思えて、も う、怖いなんてもんじゃなかったね。今でも、魚を触るのも見るのも嫌いであ る(食べるのは好きだけど)。子供って、これは自分に害を与えそうだから避 けようとか、見ないようにしようとかいう防御本能がうまく働かなくて、気づ いた時には手遅れになってるのよね。
そういえばこの写真、キョンシー・ホラーのようにも見えるな。モンター
ジュ写真に手書きアルファベットで色々書いてるけど、これが手書きのお経が
漢字や契丹文字や女真文字で書いてあったら、メチャクチャ怖いと思うよ。
2009年5月25日(月)
<<世界征服を企む半魚人>>
豚風邪休校のため今日と明日の授業はなし。自宅、および、豚風邪なんのその
で平常営業中の京大数理研図書室にて、数学。超有名某未解決問題がたった5
行でいとも証明できてしまい、「これは絶対にどこか間違っている!」と。そ
れで終日間違い探し。夜、ようやく何処がいけなかったのか判明。結構いい勉強に
はなったけどね。
さて、今日の1枚は堀米綾(ハープ)&桜井真理(クラリネット)による、
"Berceuse (子守唄)"。 私が好きなサティーの曲(「ジムノベティー第一番」)
が入っているという理由で買ったのだが、他にも平和な一日の終りに感謝しな
がら、しみじみと聴くにはもってこいの曲が沢山入っている。クラリネットとハー
プの組合せは珍しいけど、案外いい感じ。
クラリネットはピアノ伴奏のものが多いけど、それだとやっぱり"Berceuse (子守
唄)"って感じにならないだろうしね。
オーボエとハープの組合せなら、ハンスイェルグ・シェレン ベルガー&マルギッド=アンナ・ジェスの夫婦デュオがあって、最近来日コン サートをやるとかやったとか。CDが出ているので、現在購入を検討中。
さて、このジャケット。下の方に描かれている、水の絵を思わせるブルー の帯が、上に広がる白い部分に心地よい浮遊感を与えている。白いパジャマ(?)に 着替えて、「さあ、寝るぞ」という体制に入っている二人の娘、控えめな "Berceuse"の文字、その文字の左上に竹の子のように見える何だかよくわから ない模様。全てが静かな夢のようでもある。
ところが、このブルーの帯が上にあったとしたらどうか?下に広がる白い 部分の見え方はがらりと変わるであろう。二人の娘は世界征服を企む恐ろしい 半魚人に捕えられて、海底の要塞に閉じ込められている。
桜井:「綾ちゃん。私たち、ここに閉じ込められてもう何ヶ月になるかしらね。」
堀米:「さあねえ、もう忘れてしまったわ。あの竹の子を模った 錠前さえ壊せれば、ここから出られるのにね。」
桜井:「駄目よ。この部屋から出られたとしても、地上に出るまでには 何百メートルもの深さの海の中を通って行かないければならないのよ。 そんな事、半魚人にしかできないわ。」
そんな会話が聞こえてきそうだ。
2009年5月24日(日)
<<社交のるつぼに突き落とす>>
研究日。夕方頃まで、研究ノートを読み直してあれこれ考えたり、纏め直した
り。それから近所のスーパーで買い物を済ませてから、ドイツ語寺子屋にてド
イツ料理とビールで会食。誘われるままに気軽に出掛けたのだが、会場にはほ
とんど初対面の人ばかりが20名ぐらい集まっていて、その年齢構成等もちょっ
と意外なものだった。ここで気後れしているとこれから2時間ばかりが辛い時
間になると予想した私は、勝負に出ようと決心し、日頃はひた隠しにしている
社交性を発揮しておおいに話す。え?お前に社交性なんてあったのかよって?
「能ある鷹は爪を隠す」って言うじゃん!
状況によってはこれで旨く行くのだけど、今日は勝負が裏目に出て、「食 あたり」ならぬ「人あたり」をしてしまい、帰宅後もテンションが上がりっ放 しで大変だった。ほとんど初対面の人間数名との会食の場はまさに複雑系であ り、その中で相手の反応を注意深く確かめながら、話題や話の間合いを調節し たり、話の流れに乗りながら適当なバランスで近くの席の人に万遍なく会話を 持ち掛けていくのは結構大変である。
日頃超非社交的な生活を送っているのは、その方が遥かに楽だからだが、
そういう生活に沈殿していると、どんどんボケて行くような気がする。私の母
も超社交性と超非社交性の間を振幅しながら生きていた人だが、最晩年は超非
社交的生活に陥り、それと同時にきついボケをびしばしぶちかますようになっ
て、私を閉口させたものである。まあ、母のこともあったし、私は自分を苛め
て喜ぶ自己完結型サド・マゾ両性具有だから、楽チン非社交生活にしがみつく我
が身をムチでしばき倒し、社交のるつぼに突き落としてやろうぜ、ふっふっふー
というのは、実は会食の誘いをOKした時から目論んでいたことだけどね。
さて、今日の1枚はカート・ロダーマーのクラシック・ギター版「ゴールドベ ルク変奏曲」。絃が6本のギター1本でゴールドベルクを弾くのは無理なので、 音域が異なる特注ギター2本で別々に録音して後で合成したという、コン サートでは決して聴けない演奏。「人あたり」で昂ぶった神経を鎮めるのに一 定の効能あり。
しかしながら、このジャケットはあまり好きではない。見ての通り、画面
の左側に重心がかかったバランスの悪い構図で、ちょっと不安感が煽られる。
しかも写真のロダーマーは、同僚の某X先生に似ている。いや、その某X先生
が好きではないとか、そういう問題ではなく、そもそも誰であっても大学の同
僚の顔を思い出してしまうものは精神衛生上好ましくないという、一種の
(歪み脳に起因する)「職場からの逃走」なので、その辺は誤解のないように。
2009年5月23日(土)
<<天使たちのささやき声>>
ドイツ語寺子屋塾の日。ウォーミングアップのため、久々にDeutsch Welle の
アーカイヴでニュース番組や科学技術系の特集番組を見てから自宅を出る。京
大近辺で遅めの昼食をとったり、関西日仏学館のル・カフェでコーヒーを飲ん
だりしてから授業に出る。豚風邪の影響か、今日の出席者は私を含めて3名。
さて、今日の1枚は、寺子屋の帰りにJEUGIA三条本店にて購入した、シ
ルヴァン・ブラッセルのJ.S.バッハ「ゴールドベルク変奏曲(ハープ
版)」。同じハープ版でカトリン・フィンチという人のCDもあって、この2,
3週間、どちらにするかずいぶん迷っていたのだが、ハープ用にアレンジを加
えてないこと、30年ほど前に発見された、ゴールドベルク変奏曲の「続編」
と考えられる「14のカノン」もオマケについている「お得感」、ハープの音
が「天使たちのささやき声」って感じがして草食度80%の私には心地良いことか
ら、ブラッセルの方にした。
ジャケットの写真については、「灰色の使い方が大胆だなあ」という印象。 ハープの薄茶色と木の質感、"BACH"と"sylvain blassel"の文字の赤、そ して黒っぽい服を着て胡坐をかいているシフヴァン・ブラッセルの表情と なで肩の組合せによって、下手したら灰色の背景がもっさりした感じになって しまうところを、うまいこと回避している。
それにしてもこのブラッセル、いかにもフランスの気のいいお兄さんって 感じだ(映画の「アメリ」に出てきたヤサ男のニノにちょっと雰囲気が似て る)。先日やった「貴方の草食男度チェック」の「無人島に住むときに定 期的に食料を運んできてくれる人は誰がいいか?」というのは、男は嫌いだと いう理由で「気に入った女友達」を選び、惜しくも草食度100%を逃したけ れど、この兄ちゃんが運んできてくれるなら苦しゅうないぞ。
ブラッセル:「まいどー、三河屋です。今月分の食料持って参りました。」
私:「ああ、おおきに!其処へ置いといて。いつもすまんなあ。で、最近どお? インフルエンザであちこちの学校が休校になってるみたいだけど。」
ブラッセル:「そーですねー、大阪はかなり下火になってきたので、週明けか ら休校解除になるみたいですよ。」
私:「へーえ、京都はどうなのかなあ。同志社や立命が休校になったけど、 京大は平常通りみたいやね。」
ブラッセル:「そうみたいですね。」
私:「いっそ京大は一年中休校にしてくれたら、東大路 の歩道の危険走行自転車が減ってええんちゃうかって話もあるけど。」
ブラッセル:「えー!?そんな話あるんですか?」
私:「うん、どっかのブログに書いてあった。」
ブラッセル:「それ、誰のブログですか?」
私:「誰のって、これやねん。」
ブラッセル:「へーえ、変なブログですねー。あ、僕が出したCDのこと も書いてある。後で見てみよっと。じゃ、まだ仕事残ってますので。おおき にー、まいどー!」
高山:「来月もよろしくねー。」
って、いくら気難しい私でも、このぐらいの会話はするわな。これで
草食度100%ゲットよ。
2009年5月22日(金)
<<東京のしいか>>
関西日仏学館の日。昼過ぎまで自宅ですこし数学を考えた後、京大近辺へ。京
都でも豚風邪感染者が出て、RitsはBKCに加えて衣笠キャンパスも休校
になった。同志社も追随して休校になったそうだが、強気の京大はほぼ平常通
り。百万遍近辺でのマスク装着率も、例えばJR京都線や地下鉄東西線に比べ
てかなり低い。この強気の源は何なのかしら。
ところで今日のフランス語の授業で作った例文の一つがこれ。
"Je n'aime pas que les étudiants de l'université de Kyoto roulent en vélo trop vite sur le trottoir de Higashiohji. C'est tres dangereux." (京大生が東大路の歩道を自転車でビュンビュン走り抜けるのには、困ったもの だ。あれはとても危険だ。)
この例文には結構賛同者が多かったな。京大生暴走自転車対策の基本的な 考え方は、例えば人込みの東京品川駅構内で平気でぶつかってくる輩から身を 守る時と同じである。傘を持っている時はそれをブンブン振り回し、傘を差し ている時は盾のように構えて歩くと効果的である。また、傘を持っていない時 は、腕をぐっと前にのばして手を相手の顔の高さぐらいに構え、「待った!」 の体制をとりながら歩くと、少なくとも対向車からの危険は防げる。また、方 向を少し変えて右なり左なりに寄っていきたい時は、こちらが真っ直ぐ歩くと 思い込んで後ろから突っ込んでくる自転車が想定されるので、鞄などを振り回して自分 の脇スレスレの所に自転車を近づけないようにすると効果的である。やれや れ、京大近辺の歩道を歩くのも命懸けだな。勿論、これをフランス語で喋った ワケではないけどね。まだ初級だし。もひとつウケたのは、ジェロンディフの例文で
On ne peut pas dormir en marchant sur les mains. (逆立ちして歩きながら 眠ることはできない)。
まあ、ウケたから良いようなものの、「1分で何か考えろ」とか言われた ら、こんなもんしか思い浮かびませんがな。
さて、今日の1枚は、シャロン・カムの「クラリネットとピアノのための作品
集」。シューマンの「幻想小品集」、ドビュッシーの「ラプソディー1番」、
プーランクの「クラリネット・ソナタ」、フランセの「主題と変奏」といった
定番曲が入っている。アルフレット・プリンツばりの透明感のある綺麗な音色
が魅力だが、ゲーテ・クラリネット奏者氏の話によれば「コンサートで実際に
聴いてみたら、CDとはだいぶ感じが違う音だった」とのこと。
ところで、例によってジャケットの写真の品評である。小学校の時、
こんな顔した勉強の良く出来る女の子が居たような気がするんだけど、まあ、
そんなことはどうでもいいや。問題はこのジャケットの写真の背景である。こ
の色合いといい、質感といい、子供の頃に熱烈大好物だった「東京のしいか」
を思い出す。まあ、普通ののしイカだけど、味醂が利いた甘辛い味で、美味し
かった。思い出しただけでもヨダレが出そうである。でも、ネットで検索して
も「東京のしいか」という商品は全然ひっかからないし、本当に存在していた
のか、私が夢を見ていただけなのかどうか、確かめる術がない。
2009年5月21日(木)
<<見た目の美しさに弱い>>
奇しくも裁判員制度が発足した今日の午後、京都地方裁判所でRitsの一時
金訴訟裁判の傍聴、その後、訴訟団の集会にも参加。この訴訟はカットされた
ボーナス返還要求の形をとっているけれど、実は、一握りの独善的な経営者が
大学を好き勝手に動かして良いのかという問いかけが本質。その後、知り合い
の先生の車に同乗して、豚風邪による休校で閑古鳥が鳴いているBKCに戻り、
火曜日に提出し忘れていた事務書類を事務に提出。その後、すぐに帰宅。それ
以外はWittベクトルやAbel p 拡大のお勉強。結局私が興味のある問題とは
あまり関係が無いことに気づき、またしても「駄目リスト」の項目が一つ増え
てしまった。
さて、今日の1枚は、ポール・メイエ(クラリネット)で、マックス・ブルッ
フの「クラリネット、ヴィオラと管弦楽のための協奏曲」、「(クラリネット
とヴィオラとピアノのための)8つの小品」および「ヴィオラと管弦楽のため
のロマンツェ」の3曲。「8つの小品」は、昨日の近藤良のものと聴き比べる
と面白い。以前は近藤版の方が好きだったけど、クラリネットの音の伸びや音
色の美しさはやっぱりポール・メイエ版の方がいいなと思う。あと、管弦楽の
入ったものは、以前はほとんど興味が無かったけど、最近は人間が少しおおら
かになったのか、今日久しぶりに聴いてみたら、結構面白いなと思った。
apexのCDは、こんな風に「自然界の驚き!」みたいな綺麗な写真を使っ ているものが多い。この抹茶色の背景も美味そうで、茶団子、抹茶ういろう、 抹茶水無月、抹茶生チョコ、抹茶生姜糖、抹茶 アイスクリーム、抹茶パフェ、抹茶ロールカステラなどの和洋菓子や茶蕎麦 などと同じく、私の食欲のツボを見事に突いている。
抹茶自身はそれほど美味くないことは知ってはいるものの、見た目の美し さに滅法弱い私は、以前プレーンヨーグルトに抹茶を振り掛けてみたことがあ る。そのあまりの美しさ、イコール、美味そうな見栄えに思わず我を忘れたけ れど、きな粉の方がよほど美味いことが分かり、以後ヨーグルトに抹茶をふり かけることはやめた。
それにしても、この水玉の数珠繋ぎは何でしょうね。あれ何だ?鳥よ!ロ
ケットだ!ソ連のミサイル?!蛙のケロちゃん!、、、みーんなはーずれ!そ
れは、生まれたばかりのみたらし団子の赤ちゃんでした!なーんてね。タコじゃ
あるまいに、何時からみたらし団子が子供産むようになったんだ?というよう
な難しい質問は、この際全て却下。
2009年5月20日(水)
<<水と食料は各自持参せよ>>
研究日。引き続きWittベクトルとKummer拡大(Abel p拡大)のお勉強。私が愛読
書であるBoschの代数の教科書の証明は意味不明なので、藤崎源二郎「体とガ
ロア理論」(岩波基礎数学選書)を読んでみる。これはちゃんと書いてあって
良く分かる。午後は京大へ。ルネで遅めの昼食を摂ろうとしたら、新型インフ
ルエンザの感染経路になりやすいとの理由で、サラダバーが中止されていた。
マスクを自宅に忘れてきたのでコンビニで調達しようと思ったけど、2軒とも
売り切れ。京大数理研図書室はひと気が少ないので、まあいいかと、マスク無
しですごす。夕方は4階の大教室で代数幾何学の談話会があったので、聞きに
いった。マスクが無いので、帰りは人込みを避けて道草なしで帰宅。
祝日など勇猛果敢に蹴飛ばして授業を強行するRitsだから、新型イン フルエンザの流行も何のそので、勇ましく授業を強行するかと予想していたが、 滋賀県の行政指導に従って早々と26日までの休校が決まってしまった。そう だ、Ritsには行政指導に従順という習性があったことを忘れていた。 教職員は平常通り会議などの仕事があるのだけど、生協は全面休業でBKCは 陸の孤島状態になるため、「水と食料は自前で調達するように」との通達が流 れていた。BKCでは、何かあるとすぐこの通達が流される。
いずれにせよ、これで私の授業は5月一杯は無くなったので、夏休みの前 借りだと思って研究に励むことにしよう。次は文部科学省の行政指導に従順に したがって、補講や前期試験の延期で夏休みが潰れるだろうしね。
さて、今日の1枚は近藤良(クラリネット)らによる、カール・ライネッケの
「クラリネット、ヴィオラ、ピアノのための三重奏曲」。昨日のローゼンホイ
ザーのものと聴き比べをすると面白い。もうひとつ、マックス・ブルッフの
「8つの小品」も入っている。近藤氏は、確かクラリネット奏者であるととも
に、どこかのFM放送局の社長さんをしてたと思う。
このジャケットのデザインも結構気に入っていて、美味そうなケーキの断 面のようにも見えるし、化石を含んだ地層のようにも見える。見方によれば、 ギロチン台の首と手を固定する板に、上から刃が落ちてきた図にも思えるけれ ど、まあ、その想像はあまり発展させないでおきましょう。
それにしても貴方は時々、「ああ、私はアンモナイトの化石になりたい!」
とか思うことはありませんか?アンモナイトが嫌なら三葉虫でもいいですよ。
え?「いや、俺がなるんだったら断然始祖鳥の化石だな」とか「私はティラノ
ザウルスの奥歯の化石になりたいわ」だって?皆さん、結構「肉食系」なんで
すね。あ、そういえば、ネットで「貴方の草食男度チェック」ってのがあって、
私は草食度80%でした。え?オッサンに草食系も肉食系も関係ないだろうって?
まあそうかもしれないけど、何で100%を逃したんだろうって色々調べてみ
た。そしたら、結局無人島に住むときに定期的に食料を運んできてくれる人は
誰がいいか?という設問で、「気に入った女友達」みたいなのを選んだのが
敗因で、「正解」は「仲のいい男友達」だとわかった。そんなこと言われても
ねえ、、、俺、男は嫌いだし。まあ兎に角、思考を止め、自分の中に流れる
時間を止め、あらゆる物事との関係を凍結し、化石になって地層の中で何万年
もじっと過ごす
のもいいなあと思ったりするわけです。
2009年5月19日(火)
<<独房生活の楽しみ>>
ラクト山科で昼食用のパンを買って昼頃に出勤。ようやくそれらしく収まった
研究室のソファーでしばし数学。13時から14時半まで、経済学部、経営学部
のC言語とUNIX演習。14時40分か
ら16時10分まで、数理科学科2回生の代数の講義。Comminication Paper
を回収したけど、数十名も受講生が居るのに2名しか提出せず。代数の講義を
するのは初めてなので、もうちょっと学生の反応を探りたいんだけどな。キャ
ンペーン期間特別企画として、Communication Paperで質問やレジュメの間違
いの指摘等を報告した学生は平常点アップ。定期試験でボーダを切っても、平
常点プラスαで目出度く単位ゲット!みたいな事をやってみたら、もっと出し
てくれるかしら。その後、16時半から17時40分ぐらいまで、教授会(の
ような会議)。
会議の後、すぐに帰宅しようと思ったら、膳所駅での人身事故でJRが止まっ ていて、南草津のホームに乗客が溢れ返っていた。「列車が通過します。危ないで すから、白線の内側までお下がりください」って、こんなに人が溢れてたら、白線 の内側まで下がれないでしょうに。こういう非常事態でも構わず猛スピードで通過 するとは何を考えとるんじゃ。徐行ぐらいせいっちゅうに。膳所駅と連鎖して南草 津駅でも人身事故起こす積もりかよ?ほんまに、アホちゃうか?と。
帰宅後、予約しておいた歯医者の定期診療に直行。
さて、今日の1枚はウルフ・ローデンホイザー(クラリネット)らによる、カー
ル・ライネッケの「クラリネット、ヴィオラ、ピアノのための三重奏曲」およ
び「クラリネット、ホルン、ピアノのための三重奏曲」。ホルンはあまり好き
じゃないけど、ヴィオラというのは結構面白い楽器で、ヴァイオリンよりも不
安定というか、人によって結構個性的な音の違いが出て楽しい。このCDでは
自己主張を抑えた大人しめの音。それから、ローデンホイザーのクラリネット
もいい。ゲーテ・クラリネット奏者氏は「キラキラした音」とか言ってたな。
このジャケットも渋くてよろしい。刑務所の独房は静かで、数学を考える
のに最適の環境だ。さしずめ私がA.ヴェイユなら、たとえスパイ容疑で処刑
の日を待つ身であっても、差し入れられたペンと計算用紙を使って思う存分数
学理論を発展させたことだろう。私もヴェイユのひそみに倣って、それまで温
めていたアレフサンドロフ型不定方程式の密着閉包構成問題について思いを巡
らしてみたが、1週間と経たないうちにアイディアが尽き、何も思い浮かばな
くなってしまった。何もすることがなくなった私は、昼間は独房の木製の寝台
に腰を下ろし、鉄格子の入った小さな窓越しに、灰色の空をよぎる雀や雲を眺
めて過ごしたが、それもじきに飽きてしまった。それからしばらくして、寝台
のマットと底板の間に、古い新聞の写真の切れ端がへばりついているのを見つ
けて、注意深く剥がしてみた。どうやら室内楽の演奏家たちの写真のようだ。
この人達はどこの国に住んでいてどんな音楽を奏でたのだろうかとか、音楽で
生計をたてていたのだろうかとか、今も尚存命なのだろうかとか、彼らの妻は
眠っている時に歯軋りをしただろうかとか、右から2番目の男は休日に鶏の蒸
し焼き料理を作り、足の付け根の軟骨を取り出して食べるのが一番の至福の時
だったのだろうとか、それにしてもむさ苦しいオジサンたちだなあとか、色々
な事に思いを巡らすことが私の日課となった。そして次第に、ああ、あの外の
世界の清清しい風を感じながら街に出掛け、もう一度コンサートを聴きに行き
たいと狂おしいぐらいに思うようになった。しかし私が外の世界に出ることは、
もう二度とないのだ。それにしても何故私は今刑務所に居るのだろう?思い出
せない。。。。(以上、勿論フィクションです)みたいな雰囲気のジャケットやね。
2009年5月18日(月)
<<自習の時間>>
ラクト山科で昼食用のパンなどを買ってから、昼過ぎに出勤。研究室こそこそ
昼食の後、すこし研究室の整理。定年退職した先生のソファーセットが、よう
やくそれらしく部屋に収まるようになった。あすの授業のプリントをコピーし
たりしたあと、少し数学。14時半から16時過ぎまで、卒研ゼミAグループ
(可換環論・代数幾何学)。その後、16時半から18時過ぎまで卒研ゼミB
グループ(初等整数論)。今日から教育実習に行くはずだった学生が、実習校
に言ったら新型インフルエンザの関係で休校になってましたと、スーツ姿のま
まゼミに来ていた。
新型インフルエンザの影響で大学が休校した場合、新型インフルエンザは
厚生労働省の管轄だから当方の関知するところではないという理由で、文部科
学省は夏休みを返上してでも補講をしろというだろうし、大学としても夏休み
は授業はなくても色々予定が詰まっているから、それはかなわんということで、
学生がインフルエンザでバタバタ倒れて教室に閑古鳥が鳴いていても、「それ
は学生の自己責任」と片付けて休校なしで突っ走るんじゃないかと予想する。
まあ、私は誰も居ない教室で講義するのは慣れてるからいいんだけど。
それから、教員がインフルエンザで倒れたら「自習」にするのもいいな。 昔の小学校ではよく、「今日は先生が病気だから自習」とかあって、いちいち 補講などしてなかったけどね。で、自習の時間に何をしてたかというと、大抵 は紙飛行機飛ばしたり、コマ回したり、メンコしたりしてて大騒ぎになり、隣 のクラスで授業をしていた先生が「静かにしなさい!」と怒鳴り込んで 来てたりした。そんなことばかりしてたから、自習の時間は廃止になったの かもしれない。
さて、今日の1枚は、19世紀末に活躍したドイツの作曲家カール・ライ ネッケの「幻想小品集」(クラリネット&ピアノ),「三重奏曲」(クラリネッ ト、ホルン、ピアノ),「六重奏曲」(クラリネット、ホルン、バズーン、フ ルート、オーボエ、ピアノ)。クラリネットはチャバ・クレニャーン。室内楽 のコンサートでもよくある趣向だけど、二重奏曲、三重奏曲、六重奏曲と、後 の曲ほど楽器がだんだん増えていく。こういう時、大抵私は最初の二重奏曲が 一番良く聴こえ、後の曲は「折角少人数でいい雰囲気でまったりやってたのに、 余計なのがごちゃごちゃ入って来て邪魔やな」と思ってしまう。
さて、このジャケットは何の写真でしょう?ぶんぶく茶釜の側面拡大図で
すか?何だか知らないけど、こういうのでゴツンとどやされたらメチャクチャ
痛そうですね。
2009年5月17日(日)
<<油断してました>>
一応、研究日。二度寝、三度寝の末に正午近くに起床。最近ちょっと睡眠不足
気味だったもんで。。。夕方ごろまで自宅でドイツ語の代数の教科書を読む。
クンマー拡大どかヴィット・ベクトルとか、学生時代からずっと分からなくて、
今、必要に迫られて勉強中。夕方は近所のスーパーに買い物に出る。途中、山
科在住の新任の先生と路上で出会ったのに気づかず、慌てて挨拶。実は完全に
油断してたので、驚いた。近所に同僚が住んでるってのも、考えものだな。
夜は火曜日の講義の準備
など。
さて、今日の1枚は、「15日のキャスリーン・バトルのCDで最後」と思っ
ていたドイツ・リートのCD。梶山明美(ソプラノ)・谷尻忍(クラリネッ
ト)・子安ゆかり(ピアノ)ルディース・トリオによる、「ソプラノ、クラリ
ネット、ピアノのための作品集」。L.シュポーア「6つのドイツ歌曲」、
シューベルト「岩の上の羊飼い」、G.マイヤーベーア「羊飼いの歌」、A.
クック「『無垢の歌』による3つの歌曲」が入っている。今日久しぶりに聴き
直してみると、ソプラノの梶山明美がとても良い。数学しながら聴くのはシン
ドイけれど、ペンも計算用紙も資料も放り出してぼんやり聴き入ってみると、
ほのぼのとした心温まる世界が楽しめる。
それにしても、この暗く地味なジャケットは何なんでしょう?
エーゲ海の 底に沈むギリシャ時代の神殿跡で花瓶が発見された。当時生けられたと思われ る花が奇跡的に良い状態で保存されており、科学者たちがその謎に首を傾げて いたところ、間もなく某新聞社の契約カメラマンの「やらせ」と判明した!? みたいな写真ではないか。
水彩絵の具で花の絵などを描いていると、絵が完成する頃には、空き缶な
どに入れておいた筆洗い用の水は褐色に濁っている。その濁り水を完成した絵
にぶちまけた瞬間は、こんな具合になったりする、かも?
2009年5月16日(土)
<<身に着けたものを捨てる>>
ドイツ語寺子屋塾の日。京大ルネでの昼食を挟み、ドイツ語の代数の教科書で
調べ物作業を続行。15時過ぎから17時前まで授業。今日は新しい人がお試
し授業見学に来ていたのだが、どうも何処かで見たような気がしてならない。
後で聞いたらゲーテに品物を納入していた店の人だというけど、1,2度ゲー
テの廊下ですれ違ったことがあったのかしら。
まあ、私のように、山科駅近辺や河原町三条、百万遍界隈を毎日のように 「偵察飛行」していると、路上を行き交う人や地下鉄の乗客や店の客の中に、 見覚えのある顔を見つけることは珍しくないが、勿論一度も話したことのない 人ばかりだし、前に何処で見かけた人だか思い出せないことが多い。まあ、同 じような人達がそれほど広くない生活圏の中で日々同じような生活をしている のだから、そういうことはあって然るべきだけどね。しかも、私の場合、他の 人から見れば全然似てない顔を似てると思ってしまう癖があったりするから、 ややこしい。
寺子屋の帰りはJEUGIAで道草。今日も何も買わず。 夜はスポーツクラブでへとへとになる。
さて今日の1枚は、クラリネット4人組のウィーン・クラリネット・コネクショ
ンの"Out Of". これはジャズのCD.メンバーはいずれもウィ−ンの音楽
学校でぺータ・シュミードルやエルンスト・オッテンザマーの指導を受けたと
いうのだから、クラシック出身のジャズ奏者と言ってもよいかも。クラシック
出身のジャズ奏者が往々にしてお行儀の良いジャズになってしまうのは、伝統
的奏法をしっかり身に着けていることが仇になってるのかしら。まさにこのジャ
ケットのデザインのように、♪イカして澄ましてお出かけだーい!ドラ猫チビ
猫ついておいで♪って感じで、最近こういうジャズが流行ってるのかも知れない
けど、私はもうちょっと泥臭いジャズの方が好き。
クラシック音楽とジャズの関係は数学と計算機科学の関係に似ていて、数
学出身の計算機屋で大成する人は多いけれど、その一方で、数学が持っている
厳密科学の美しさを計算機科学に求めようとして失敗する人も多い。何を隠そ
う私もその一人。厳密科学のスタイルやテイストを捨てきれなかったんだね。
(旧)情報学科の同僚で、大学院を出たトポロジストだったけど、数学者のポ
ストに恵まれなくて、やむなく計算機屋に転向しましたという人が居たけど、
数学のスタイルやテイストを捨てるのに、それこそ身を切るような思いをしな
がら10年以上かかったと言ってた。一度身に着けたものを捨てるのは、多く
の場合大変である。